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法務情報

2026/08/04

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他社のカスハラ対策、知っていますか?航空・宿泊・エンタメ業界のリアルな取り組み(弁護士:五十嵐 亮)

コラム企業・団体弁護士五十嵐亮

1. はじめに

顧客等からの著しい迷惑行為「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題化する中、2025年6月の労働施策総合推進法改正により、2026年10月1日から企業にカスハラ防止措置が法律上義務付けられます。

改正法上、カスハラとは「①顧客等が行う言動であって、②社会通念上許容される範囲を超え、③労働者の就業環境を害するもの」と定義されており、商品の欠陥指摘など事実に基づく正当なクレームとは区別されます。

対象は労働者を1人でも雇用するすべての事業主で、規模による猶予はなく、違反時は罰則こそないものの行政指導や企業名公表の対象となり得ます。

法律の解説だけでは、対応を怠った場合の具体的なリスクや、他社がどのように実務対応を進めているかは見えにくいものです。

そこで本コラムでは、実際に報じられた事例と各業界の取組みを中心にご紹介します。

2. 事例に見るカスハラの実態

①551蓬莱:労災訴訟に発展したケース

大阪の食品会社で通信販売の電話窓口を担当していた20代男性社員は、「回りくどい説明しやがって、ボケ」「お前なんか向いてないわ」「死ね」といった暴言や、何度も再出荷を求める理不尽なクレームを繰り返し受け続けました。

上司や他部署に取り次ぐ内線機能すらなく、最初から最後まで一人で対応せざるを得ない体制だったことも問題視されています。

男性はうつ病と診断されて休職し、その後自死。

労基署は当初「心理的負荷は強くなかった」として労災を認めませんでしたが、遺族は認定を求めて提訴しました。

本件は、厚労省が精神障害の労災認定基準にカスハラの視点を追加する契機ともなり、対応体制の不備がそのまま労災リスクに直結することを示す象徴的な事例です。

②大阪・関西万博:組織対応の甘さが問われた事例

2025年4月、万博会場付近で警備員が来場者に対して土下座する事例が発生し、大きな話題となりました。

土下座という目立った行為そのものよりも、その前後の経緯や「組織として土下座を許容する雰囲気があったのではないか」という組織対応の甘さこそが本質的な問題だと指摘しています。

従業員個人の判断に委ねず、組織として毅然とした方針を示す重要性を浮き彫りにしました。

③劇団四季:業界特性を踏まえた方針公表

劇団四季は2026年6月、「安全なご観劇環境の維持とカスタマーハラスメントに関する方針」を公表しました。

正当な理由のない長時間の面会・電話、私的な会話の強要、名指しでの不当な要求、つきまとい、威圧的な態度などを対象行為として明示し、悪質な場合はチケット販売拒否や入場禁止、警察・弁護士と連携した法的措置も辞さないとしています。

観客との距離が近い興行業界では、ファンの熱意が「自分が育ててやっている」という過剰な支配意識に転じ、俳優への不適切な接触やSNSでの誹謗中傷に発展しやすく、フリーランス俳優は組織の従業員のような保護を受けにくいという構造的課題も指摘されています。

④航空・通信・保険業界:横断的な方針策定

競合関係にあるANAグループとJALグループは共同で「カスタマーハラスメントに対する方針」を策定・公表し、長時間拘束やSNSでの誹謗中傷もカスハラに該当すると明記しました。

NTTドコモグループ(NTTドコモ、NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェア)も統一の基本方針を公表し、損害保険ジャパンも同様に方針を対外公表しています。

方針の対外公表は、従業員が組織を後ろ盾に毅然と対応できる環境を整えるとともに、利用者側への予防的な周知効果も期待できます。

⑤旅館業:契約条件の見直しによる予防

ある宿泊施設では、禁煙ルールに従わない客への対策として宿泊約款自体を見直し、過去に違反歴のある客の宿泊拒否や、破壊行為時の契約解除・実費請求を利用規則に明記しました。

2023年の旅館業法改正により、悪質なカスハラ客への宿泊拒否が法律上も明確化されたことも、こうした取組みを後押ししています。

⑥自治体の動き

東京都は全国に先駆けて防止条例を制定し、三重県桑名市では悪質な加害者の氏名を自治体が公表できる条例が可決されました。

もっとも、「加害者本人の多くは自らの行為を正当だと信じており、条例のみでは抑止効果に限界がある」と指摘もあり、企業自身による実効的な体制整備が不可欠です。

3. 企業が講ずべき対応

方針の明確化・対外公表:許容しない旨を社内外に周知(航空・通信・保険業界の例)
相談体制の整備:安心して相談できる窓口の設置
契約条件の見直し:約款・利用規約による拒否権限の明記(旅館業の例)
教育・研修:正当なクレームとの区別、初期対応の徹底
外部連携:悪質事案での警察・弁護士との連携

4. おわりに

各事例が示す通り、カスハラ対応を現場任せにすることは、従業員の心身の健康を損なうだけでなく、労災訴訟や企業の社会的信用の毀損という形で経営リスクに直結します。

一方で、航空・通信・保険・宿泊業などの先行事例は、方針の対外公表や契約条件の見直しといった具体的な打ち手が有効であることを示しています。


自社の業種・顧客特性を踏まえた実務対応の構築については、顧問弁護士へのご相談をお勧めします。

この記事を執筆した弁護士
弁護士 五十嵐 亮

五十嵐 亮
(いからし りょう)

一新総合法律事務所
理事/弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:同志社大学法科大学院修了
長岡警察署被害者支援連絡協議会会長(令和2年~)、長岡商工会議所経営支援専門員などを歴任しています。
主な取扱分野は企業法務全般(労務・労働・労災事件、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)、交通事故、離婚。 特に労務問題に精通し、数多くの企業でのハラスメント研修講師、また、社会保険労務士を対象とした労務問題解説セミナーの講師を務めた実績があります。
著書に、『労働災害の法律実務(共著)』(ぎょうせい)、『公務員の人員整理問題・阿賀野市分阿賀野市分限免職事件―東京高判平27.11.4』(労働法律旬報No.1889)があります。

 

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