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社会で実際に起こった、事例や改正された法律をふまえ、法律に関する情報をご紹介します。

国会議員の懲罰(弁護士:中川 正一)

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この記事を執筆した弁護士
弁護士 中川 正一

一新総合法律事務所
弁護士 中川 正一

新発田事務所長/理事/事故賠償チーム

早期に事件の見通しを立て、依頼者の不安を解消します。
そのための日々の研鑽を怠りません。

1 はじめに

近時、国会議員が国会を欠席することを理由とする懲罰の可否(参議院)や18歳に飲酒させたことを理由とする辞職勧告決議案(衆議院)などが話題になっていますので、法的側面から触れてみようと思います。

2 国会議員の地位

 

議員の懲罰や辞職勧告は、当たり前ですが国会議員たる地位がある者に対してなされるものです。

 

この点、国会議員は、全国民の代表者として極めて重要な権能を行使するので、いわゆる特権が認められています。

その1つが不逮捕特権(憲法50条)です。

 

近時ニュースでも話題になることがありましたが、「両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない」と定めています。

 

3 議院の権能

各議院は、内閣や裁判所など他の国家機関や他の議院から監督や干渉を受けることなく、その内部組織および運営等に関し自主的に決定できる権能が複数あります。

例えば、議員の資格の有無について判断を専ら議院の自律的な審査に委ねる資格争訟の裁判権、議院規則制定権や議院内の役員選任権などの他に、議員懲罰権があります。

 

4 懲罰

懲罰は各議院が組織体としての秩序を維持し、その権能の運営を円滑ならしめるために認められるものです。

(1) 懲罰権の規定

憲法上、「院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする」(憲法58条2項後段、但書)と定められています。

ここで「院内」とは、議事堂という建物の内部に限られず、議場外の行為でも、会議の運営に関連し、または議員として行った行為で、議員の品位を傷つけ、院内の秩序をみだすことに相当因果関係のあるものは懲罰の対象となります。

 

これを受けた国会法では、「懲罰事犯」があるときは、「先ず懲罰委員会に付し審査させ」(国会法121条1項)ることが定められています。

また国会法124条は①「議員が正当な理由なくして召集日から7日以内に召集に応じない」、②「正当な理由なくて会議又は委員会に欠席した」、③「請暇の期間が過ぎた」ため、「議長が特に招状を発し、その招状を受け取った日から7日以内に、なお、故なく出席しない者は、議長が、これを懲罰委員会に付する」と規定されています。

 

なお、参議院規則では、「懲罰」には「公開議場における戒告又は陳謝」「30日を超えない登院停止」「除名」(国会法122条、参議院規則241条乃至246条)があることは規定されています。

(2) ガーシー議員の欠席理由は正当なものか?

報道によれば、ガーシー議員の国会欠席の理由は、「暗殺や不当逮捕のおそれがある」ということのようです。

 

しかし、不当逮捕のおそれは前記した議員の不逮捕特権により防止できますので、およそ欠席の理由にはならないでしょう。

議院が逮捕を許諾(国会法33条)することもありますが、このときはそもそも「不当」な逮捕ではないのです。

 

そうすると、暗殺の危険性を具体的に示すことができないのであれば、「正当な理由」(国会法124条)は見当たらないものと思われます。

 

この場合、前記の手続で議長が懲罰委員会に付した場合、具体的な懲罰が審査されることになりますが、国会を欠席し続ける議員に「公開議場における戒告又は陳謝」や「登院停止」はあまり意味がありませんので、関心事項としては「除名」ができるか否かに尽きるでしょう。

 

ただし、除名をするためには「議院を騒がし又は議院の体面を汚し、その情状が特に重い者」(参議院規則245条)であること、及び「出席議員の3分の2以上の多数による議決」(憲法58条2項但書)を要件としています。

 

過去にも長期間国会を欠席した議員はいたはずですので、そのような事案に比しても除名がやむを得ない程度に情状の重さが求められます。

具体的には、欠席理由や欠席期間、議員の行為などから議院の体面がどれだけ汚されたか等を踏まえて、慎重な審査がされることになるでしょう。

 

5 衆議院で話題になっている辞職勧告決議との違い

(1) 議員の個人的な問題行為について

前記のとおり、議院の懲罰権は、各議院の秩序を維持し、その機能の運営を円滑ならしめることを目的に認められる議院の権能です。

 

そのため、議場外の行為で会議の運営と関係のない個人的行為は懲罰の理由にはなりません。

 

つまり、衆議院で話題になっている18歳に飲酒させた疑いなどは、会議の運営とまったく関係がないので、懲罰の対象にはなりえないのです。

 

辞職勧告決議とは、単に不祥事などで公職の身分にふさわしくないとされる議員に対して行われる議会の意思表示にすぎません。

また、「勧告」である以上、あくまでも議員に自発的な辞職を促すものにすぎません。

 

つまり、辞職勧告決議は、懲罰に基づく「除名」と異なり、法的拘束力はありません。

決議されても辞職するか否かは議員本人の意思に委ねられます。

このことは近時の丸山穂高氏の事例で有名になりましたね。

(2) 国会議員は“全国民の代表”

 

吉川赳議員の件は、辞職勧告決議案が廃案になったようです。

 

国会議員の地位は、全国民の代表といわれます。

ここで「全国民の代表」の意味について種々の見解がありますが、議会を構成する議員は、選挙区ないし後援団体など特定の選挙母体の代表ではないという意味と原則的に考えられています。

ですから、特定の選挙母体の意向だけでは辞職が相当とはいえません。

 

また、現代の多元化した価値観を踏まえても、議員としてふさわしいかどうかという判断は容易ではないでしょう。

 

吉川赳議員が国会議員としてふさわしいか否かは、最終的には、次回選挙の際に、再選されるか否かで確定することになります。

 

6 最後に

ガーシー議員は居眠り議員を問題視する発言を繰り返していたことから、海外から居眠り議員をNHKの中継を介してチェックするというオチを期待していたのですが、どうやらそういうことではなかったようです。

なお、居眠りはたしかにいけないことですが、会議に出席しているので、長期欠席とは質的に異なるものでしょう。

 


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アスベストによる健康被害を受けられた方へ「救済制度」のご紹介(弁護士:中川正一)

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この記事を執筆した弁護士
弁護士 中川 正一

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弁護士 中川 正一

新発田事務所長/理事/事故賠償チーム

早期に事件の見通しを立て、依頼者の不安を解消します。
そのための日々の研鑽を怠りません。

1.アスベストとは

アスベスト(石綿)とは、天然にできた鉱物繊維のことで、「せきめん」「いしわた」とも呼ばれています。

 

石綿は生活のいたるところで使用されてきましたが、その約8割は建材製品です。

石綿を使った建材製品は1955年ごろから使われ始め、ビルの高層化や鉄骨構造化に伴い、鉄骨造建築物などの軽量耐火被覆材として、1960年代の高度成長期に多く使用されました。

また石綿は安価で、耐火性、断熱性、防音性、絶縁性など多様な機能を有していることから、耐火、断熱、防音等の目的で使用されてきました。

このように有用な石綿ですが、その正体は肉眼では見ることができない極めて細い繊維からなっています。

そのため、飛散すると空気中に浮遊しやすく、吸入されてヒトの肺胞に沈着しやすい特徴があります。

吸い込んだ石綿の一部は異物として痰の中に混ざり体外へ排出されます。

しかし、石綿繊維は丈夫で変化しにくい性質のため、肺の組織内に長く滞留することになります。

この体内に滞留した石綿が要因となって、肺の線維化やがんの一種である肺がん、悪性中皮腫などの病気を引き起こすことがあります。

 

2.石綿による健康被害の救済制度

石綿(アスベスト)による健康被害の迅速な救済を図るため、石綿による健康被害を受けた方及びそのご遺族に対し医療費等の救済給付を支給する「石綿による健康被害の救済に関する法律」が平成18年3月27日に施行されました。

 

その後の改正法令により、石綿を吸入することによる労働者災害補償法等で補償されない中皮腫や肺がん、著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺、著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚の健康被害を受けられて療養中の方、これらの疾病に起因して死亡した方のご遺族に対し、医療費等の救済給付が支給されることになっています。

ただし、認定申請を行うことにより、機構からアスベスト(石綿)を吸入することによりかかった旨の認定を受ける必要があります。

 

給付される種類には「葬祭料」「未支給の医療費等」「救済給付調整金」「医療費」「療養手当」などがありますが、請求期限が長くありません。

例えば「葬祭料」でいえば「被認定者が亡くなられた日の翌日から2年以内」など請求期限が比較的短いので早めに請求する必要があります。

 

なお、固定期限で最も早く期限が到来するものは、「特別遺族弔慰金・特別葬祭料」(平成18年3月26日以前に死亡された場合)の請求期限が令和4年3月27日とされていますので、ご注意下さい。

 

これら請求(お問い合わせ)先は、独立行政法人環境再生保全機構(https://www.erca.go.jp/)、及び各地の環境省地方環境事務所(https://www.env.go.jp/region/)になります。

 

3.令和3年5月17日最高裁判決

近時、最高裁は、屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において、昭和50年10月1日には「労働大臣が安衛法に基づく(規制)権限を行使しなかったこと」を国家賠償法上の違法と判断しました。

 

4.アスベスト給金制度

これを契機に「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」が令和3年6月9日に成立し、同月16日に公布されました。

ただし、施行日は、「一部の規定を除き、法の公布の日から1年以内で、政令の定める日」と定められ、本日現在、施行日は定まっておりません。

 

(1)対象者

当該法律において、給付金を請求できる対象者は、①「昭和49年10月1日~昭和50年9月30日の間に 石綿の吹付け作業に係る建設業務」、「昭和50年10月1日~平成16年9月30日の間に 一定の屋内作業場で行われた作業に係る建設業務」に従事することにより、②石綿関連疾病にかかった、③労働者や一人親方・中小企業主(家族従事者等を含む)です。

 

ご本人がお亡くなりになられている場合は、ご遺族(配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹)からの請求が可能です。

 

(2)給付金等の主な内容

給付金の支給を希望される方からの請求に基づき、認定審査会において審査を行い、その結果に基づいて、病態区分に応じ、給付金が支給されることになります。

例えば、「石綿肺管理2でじん肺法所定の合併症のない者 金550万円」で、「これにより死亡した者 金1200万円」など審査結果に基づいた病態区分に応じ、支給額が決定されます。

 

5.最後に

前記のとおり、アスベスト給金制度は現時点では施行されていませんが、令和4年6月までには動きがあることが予定されています。

施行日が決まりましたら、再度、ご案内致します。

 

 

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忘れられる権利

 │ 新潟事務所, 弁護士中川正一, 燕三条事務所, 長岡事務所, 新発田事務所, 上越事務所, 東京事務所

「表現の自由」という言葉を聞いたことはありますね。

 

 

人は、自己の意見を述べたり、また、他人から意見を言われたりすることで、いろいろな考え方を形成し、人として成長することができます。

「表現の自由」は、政府に対して言いたいことが言える民主主義社会を形成するうえで重要な人権です。

「表現の自由」をマスコミの立場から見ると、「報道の自由」として構成されます。

また、情報の受け手の側から構成すると「知る権利」と構成されます。

いずれも「表現の自由」の内容として、重要な人権として扱われています。

 

例えば、人が犯罪を犯した場合に実名で報道されますね。

関心の低い犯罪事実であれば、逮捕された人の実名など記憶に残らないのが普通ですが、これも実は重要な報道です。

なぜなら、逮捕された人の実名を出して公権力が行使された事実を正確に伝えることによって、事後的に公権力の発動が適法になされたのか否かを国民が判断することができるからです。

何気ない犯罪事実の報道も公権力を監視するうえで重要な情報なのです。

 

他方で、逮捕されて報道されてしまった人からみれば、いつまでも自己の犯罪歴を報道され続けてしまうので、再就職にも影響してしまう不利益を受ける可能性もあります。

そのため、従前は「更生を妨げられない権利」として議論されていました。

実際に事件の性質や当事者の社会的活動や影響力などを総合考慮して実名報道の必要がなくなったような時期にされる過去の犯罪事実の公表は違法とされる場合があることがあります。

 

インターネットが発達した近年では、新たな公表がなくても過去の報道がインターネットで簡単に検索できてしまうため、インターネット上から検索されないようにする必要があるのではないかという意味で「忘れられる権利」として新たな議論がされるようになりました。

欧州では近年「忘れられる権利」が認められたようですが、我が国ではその定義・要件・効果は明確に定められていません。

事例紹介

過去に児童買春、児童ポルノに係る行為等について罰金刑を受けた者が、グーグル検索枠において、自己の住所と氏名を入力すると、検索結果の一例として、当該犯罪歴を記載した記事

と分かるウェブページの表題及びURLと内容の抜粋(スニペット)が表示されるため、このような記事の検索結果を削除するように求めた事例があります。

 

この地裁判断では、「一度は逮捕歴を報道され社会に知られてしまった犯罪者とはいえども、人格権として私生活を尊重されるべき権利を有し、更生を妨げられない利益を有するのであるから、犯罪の性質等にもよるが、ある程度の期間が経過した後は犯罪を社会から『忘れられる権利』を有する」と言及しました。

 

しかし、高裁では、「忘れられる権利」の成否の判断として、時間の経過のみならず、当事者

の身分や社会的地位、公表に係る事項の性質等を総合考慮して決すべきという主張と捉えて、名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求の存否とは別に、「忘れられる権利」を独立して判断する必要はないと判断しました。

また今年の最高裁判断でも「忘れられる権利」について言及されることはありませんでした。

最高裁の考え方

最高裁は、検索結果を削除して欲しい利益を「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公

表されない利益」として構成し、過去の犯罪事実をプライバシーに属することを認めたうえで、児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置づけられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であると言及し、国民の「知る権利」に配慮しました。

 

そのうえで、罰金刑に処せられた後は民間企業で稼働していることがうかがわれるなどの事情

を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかではないという理由

で、削除を認めませんでした。

最高裁は検索結果が検索事業者自身の表現行為という側面を肯定したうえ、検索結果の提供は、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている、と指摘して、削除請求を容認するためには「公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」と極めて限定した判断をしました。

国民の「知る権利」を重視したものといえるでしょう。

 

以上のとおり、高裁では「忘れられる権利」を独立して判断する必要はないと判断したのに対

し、最高裁は言及はないものの新たな公表があった事案ではなく、過去に公表された情報がインターネット上で検索される事案であることを考慮した上で、国民の「知る権利」との利益衝突の調整を図る一定の基準を示したものと考えられます。

今後は、国会でもこの最高裁判断を参考に「忘れられる権利」について議論されていくことになるでしょう。

 

◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 中川 正一

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2017年9月5日号(vol.212)>

※掲載時の法令に基づいており,現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

職務発明に関する法改正

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職務発明に関する法改正

 

 

1 職務発明規定とは

 

特許法35条は,会社の従業員が職務上の発明をした場合のことを定めています。

職務発明といえば,

2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏の青色発光ダイオードの特許に関する

会社側との訴訟が話題になりましたね。

 

現行法では,職務発明について特許を受ける権利は,

発明をした従業員にあることが前提になっています。

もちろん,従業員から特許を受ける権利を会社が承継することは可能です。

 

ただし,会社が特許を受ける権利を承継する場合には,

発明をした従業員に「相当な対価」を支払わなければならないことが定められています。

現行法では「対価」とは,金銭を意味します。

中村修二氏も最終的には会社から数億円の対価を受領しました。

 

もちろん,「相当な対価」とは発明の内容などを総合評価して,

個別に決められることになりますが,どのような基準で定めるか,

事前に会社と従業員との間で協議しておくと,従業員との紛争を防止することが期待できます。

 

さらに,現行法においても,

「対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業員等との間で行われる協議の状況,

策定にされた当該基準の開示の状況,

対価の額の算定について行われる従業員等からの意見の聴取の状況を考慮して,

その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであってはならない。」

と定めており,従業員を保護しています。

 

 

2 改正

 

今度の法改正により,変わるのは大きく2点です。

 

1点目は会社側があらかじめ職務発明規程等に基づいて,

従業員の職務発明の特許を受ける権利を最初から会社に帰属させることができるようになります。

 

ただし,当然ながら,職務発明をした従業員への報酬が必要になります。

これが「相当な対価」から「相当の利益」に変更されました。

つまり,金銭以外のものでも,経済的価値を伴うものであればよい,ということになりました。

これが2点目です。

 

では,具体的に経済的価値を伴うとはどのようなものでしょうか。

特許庁が示す例は,以下のとおりです。

 

使用者等負担による留学の機会の付与,

つまり,留学費用を会社が支出してあげる点で経済的価値が伴います。

 

ベンチャー企業などにおいては,

ストックオプション(値上がりが期待される新株の取得権)の付与,

 

金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格,

つまり,名ばかり管理職にした程度では駄目で,

「相当の利益」に見合うベースアップがあることが前提になります。

 

法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与,

 

職務発明に係る特許権についてのライセンスの許諾などです。

 

このような具体例のとおり,

従前金銭でしか評価できなかった発明による報酬が柔軟に検討できるようになりました。

 

また,退職者に対する「相当の利益」についても,

内容について制約がないことから,退職者に相当の利益を退職後も与え続けることの他,

特許登録時や退職時に相当の利益を一括して与える方法も可能です。

 

 

3 ガイドライン(指針)案

 

「相当の利益」をどのような基準で定めるか,

という点が実質的に検討されていないと紛争に繋がってしまうおそれが残ってしまいます。

改正法においても,現行法と同様に「不合理と認められるものであってはならない」と定めています。

 

そこで,特許庁では,基準の定め方について,ガイドライン案を開示しています。

このガイドライン案によると,

まずは,従業員と基準案について協議すること,

②基準案を従業員へ開示すること,その基準に基づいて相当の利益が決定した場合に,

③従業員の意見聴取(異議申立手続を含む)の機会を与えることが求められています。

 

①の協議については,合意までは求められていませんが,

実質的に協議を尽したといえることが望ましいとされています。

 

②の開示の方法は,特に制約はありませんが,

従業員の見やすい場所に掲示するという単純な方法や電子メールなどにより配信する方法などがあります。

より具体的には,会議室や社員食堂に基準を置いておくなどの方法でもよいようです。

 

また,中小企業の場合は,

③の異議申立手続が整備されていなくとも,従業員の意見を聴取したうえで,

意見の相違があった場合には,個別対応によることも許容しているようです。

 

また,従前あった基準を改定する場合にも,会社側と従業員が協議することが求められています。

職務発明に係る権利が会社側に帰属した時点で,従業員の「相当の利益」の請求権が発生するので,

会社側に帰属した後で改定された基準は,原則として適用されません。

 

ただし,従業員と個別に合意できた場合や,

改定後の基準が従業員に不利益にならない場合は,

例外的に改定後の基準を用いることも許容されるようです。

 

さらに,基準改定後に入社する社員については,

形式的には協議が行われていないと評価されるようです。

そのため,入社時に当該基準に関する話をするなどの丁寧な対応をしておくことが望ましいでしょう。

 

 

4 施行日

 

職務発明に関する改正法の施行日は平成28年4月1日と定まっています。

施行後には,経済産業大臣が正式なガイドラインを告示しますので,

これを参考に従業員との紛争にならないような基準を検討してみて下さい。

 

◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 中川 正一◆

<初出:顧問先向け情報紙「こもんず通心」2016年2月1号(vol.188)>

※掲載時の法令に基づいており,現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

 

男女雇用機会均等法施行規則の改正について

 │ 新潟事務所, 労働, 弁護士中川正一

1 改正の経緯

男女雇用機会均等法は,平成18年に改正された際,

施行後5年を目処に施行状況を勘案し,必要な措置を講ずるとされていました。

労働局内に設置される雇用均等室には,この5年間でセクシャルハラスメント(以下「セクハラ」といいます。)に関する相談が半数近くを占める状況でした。

 

また,労働局長による紛争解決の援助の申立受理件数は,

募集,採用や配置・昇進・降格・教育訓練などの件数が急増し,

婚姻,妊娠・出産等を理由とする不利益取扱がセクハラを超える年もありました。

 

雇用均等室が行った是正指導の件数は,

セクハラが最も多く,ついで母性健康管理に関するものが多い状況でした。

これらの状況を踏まえた省令・指針の改正案が作成され,平成26年7月1日に施行されました。

「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し,

事業主が適切に対処するための指針」の主な改正点は以下のとおりです。

 

 

2 セクハラに関する事項

(1) セクハラは,その発生の原因や背景に,性別の役割分担意識に基づく言動があることも考えられるため,こうした言動を無くしていくことがセクハラ防止の効果を高める点で重要であることが明示されました。

(2) セクハラの相談対応にあたって,「放置すれば就業環境を害するおそれがある場合」や,「性別役割分担意識に基づく言動が背景となってセクハラが生ずるおそれがある場合」などが,相談に応ずる範囲に含まれることが明示されました。

(3) 事後対応例として,管理監督者または事業場内の産業保健スタッフなどによる被害者のメンタルヘルス不調への相談対応が追加されました。

(4) 同性に対するものもセクハラに含まれることが明示されました。

 

 

3 差別事例に関する事項

法は,労働者の性別を理由として,差別的取扱をしてはならない事項として,

「労働者の職種及び雇用形態の変更」を掲げていますが,

具体例として「女性労働者についてのみ『婚姻』していることを理由として,『一般職』から『総合職』への職種の変更の対象から排除されること」を追加しました。

 

 

4 コース等別雇用管理について

「コース別雇用管理」とは,

その雇用する労働者について,労働者の職種,資格等に基づき複数のコースを設定し,

コースごとに異なる配置・昇進,教育訓練等の雇用管理を行うシステムをいいます。

 

典型例には,事業の運営の基幹となる事項に関する企画立案,営業,研修開発等を行う業務に従事するコース(いわゆる「総合職」),主に定型的業務に従事するコース(いわゆる「一般職」)などのコースを設定するものです。

 

このようなコース別雇用管理は,従前一般職を女性のみとするなど,

事実上の男女別の雇用管理として機能させる例などがみられました。

近年は,このような雇用管理は改善されつつありますが,

依然として総合職は男性が多数という実態があります。

 

近年,国の行った調査によれば,総合職に占める女性割合は,

0~10%が68.5%で最も高く,50~100%が1.6%で最も低くなっています。

逆に,一般職に占める女性の割合は,50%を超える企業割合が86.9%になっています。

また10年前に採用された総合職の男女別職位割合を見ると,

女性総合職は65.1%が既に離職しており,

企業における職位比較においては,「男性の方が職位が上位」の割合は21.3%,

ただし,「男女で同職位」の割合は29.8%になっています。

 

前記改正では,これまで総合職に限り規制されていた,募集・採用,昇進,職種変更において,

転居を伴う転勤に応ずることができることを要件とすることが,すべての労働者について,

合理的な理由がない限り,禁止されることになりました(施行規則の改正)。

 

また,コース別雇用管理を行うにあたって

明確な指針(「コース等で区分した雇用管理を行うに当たって事業主が留意すべき事項に関する指針」)が制定されました。

 

 

5 ポジティブ・アクションの例外

法は,男女で異なる取扱をすることを原則として禁止しますが,

男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となっている事情を改善すること

を目的とする措置(ポジティブ・アクション)の場合,法令違反にならないとする場面もあります。

 

例えば,女性労働者が男性労働者と比較して

相当程度少ない雇用管理区分における募集又は採用に当たって,

採用の基準を満たす者の中から男性よりも女性を優先して採用することなどです。

 

 

6 日本の現状

ポジティブ・アクションはやり過ぎではないかと考える方もいらっしゃると思いますが,

近時の東京都議会のセクハラ野次問題から,

女性が少数の環境ではセクハラが横行してしまう実態が公になったことを踏まえると,

このような例外措置の必要性も理解できるかもしれません。

 

 

◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 中川 正一◆
<初出:顧問先向け情報紙「こもんず通心」2014年7月31号(vol.155)※一部加筆修正>

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