【法務情報】経営者の皆さん!どうしたら法律に強くなるのでしょう?
経営者の皆さん(経営者でなくとも別に構いませんが)。法律に強くなるにはどうしたらいいのでしょうか。
それは,できるだけ多くトラブルを経験することです。
人間は弱いもので,自分が痛い目にあったことしか,なかなか理解できません。滅多なことではトラブルにあわないという方はどうしたらいいでしょう。そういう強運の方は,他人の失敗をできるだけ「我がことのように」深く味わうしかありません。
例えば,私は,今(※2010年)から31年前に,弁護士となる前の修習生の時代に,私の父の連帯保証債務の支払について,新潟県信用保証協会の方と交渉したことがあります。
父(既に故人です)は,弟の事業のために2000万円ほどの借入金の連帯保証人となりました。私からすれば叔父なのですが,叔父の会社は燕市の洋食器産業の斜陽のときに倒産しました。
当時,父が修習生の私に対して,「何人も保証人が居るからその保証人の頭数で割って負担することになるのか」と真顔に聞いてきたことがあります。
保証協会付きでしたから,保証協会が銀行に支払った後の負担額の問題でしたが,「連帯保証」は,債務全額を負担するのだ,という話をした時の父の顔が忘れられません。
逆に,私の方は,「連帯保証」の意味すら分からずに印鑑を押したのかと思うと,それこそ「それも分からずに!」と驚きました。
その時の父の財産は,自宅は借家ですし,これと言った蓄えもなく,地金くずの卸販売業を営んでいるだけの状態でした。子どもらは,嫁に行った姉らを別にすると,大学に就職した兄と修習生の私と大学生の弟と言った顔ぶれですから,返済のために使える資金は限りがありました。
そこで,私は「親父さん,現金200万円を用意してくれ。交渉に行ってくるから」と言いました。多少の現金はあったと見え,父は何とかその200万円を用意しました。
その資金を懐に,私は,信用保証協会の方を訪ね,次のように言いました。
「今できる最大の資金を返済のためにもってきました。兄も私も将来どうなるか分からず,何の力もありません。それでも,二人とも父に協力し,連帯保証人としてできるだけの誠意は見せようと父とともに用意した金です。これで勘弁して下さい。」(微妙にごまかしていますが気持ちはこの通りです。)
そして,現金200万円をそのままテーブルの上に置きました。
保証協会の担当者は,驚いた顔をして,「それじゃ一部弁済と言うことで」と言いました。
私曰く「だめです。これで残りは請求しないで下さい」と。
担当者「いや,それはちょっと難しい」。
私「それならこの資金はなかったことに」。
担当者は奥に引っ込み,帰ってくると「和田さん,一部弁済で入れさしてもらって,領収書に事実上請求しないと書くことでどうですか」と言いました。
保証協会に請求権は残るけれど,その権利行使は事実上しない(これを債務者の立場で「自然債務」と言います。つまり債務はあるけれど,裁判によって請求されることはなく,自ら返済できるときに返済すれば有効というだけの効力が残っていると言うことです。)という,実に微妙な処理を申し出てもらったのです。もし,私がそのときに「免除」とか「放棄」と言うことにこだわったら,交渉は成立せず,後に裁判まで行ってしまったでしょう。
私の示談交渉の原点が,この体験にあります。自分の痛みを先に相手に差し出す。誰でも将来の資金よりも,目の前の現金に弱い。完全に明確な法律状態が作れなくとも生活上の支障がなかったら合意に応ずる。
連帯保証制度とは何か,銀行取引とは何か,保証協会の役割は何か,債務の弁済の方法とは,合意の証拠は,などなど,このトラブルの中にはたくさんの法律的な知識が詰まっています。
皆さん,「我がことのように」味わえますか。和田さんも大変だったなと心の底から思ってくれる,その感覚がある人は学ぶことができます。
経営者の皆さんは,「トラブル座談会」や「失敗トレーニングの会」を弁護士と一緒に議論して,そこにある法律問題を実践で身につけることができるのです。今年はそんなことを考えてみませんか。
◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 和田 光弘◆
<初出:顧問先向け情報紙「こもんず通心」2010年4月30日号(vol.53)>