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社会で実際に起こった、事例や改正された法律をふまえ、法律に関する情報をご紹介します。

「オヤカク」って何のこと?〜子どもの意思と親の意思(弁護士:和田 光弘)

 │ 新潟事務所, 弁護士和田光弘, 燕三条事務所, 長岡事務所, 新発田事務所, 上越事務所, その他, コラム

導入する企業が増加している「オヤカク」とは?

 

「オヤカク」という言葉は、企業の人事採用において、応募者本人の同意以外に親から内定同意などについての再確認をとること、つまり「親の確認」の略語ということだ。

初めて聞いた略語だが、最近ではそんなことがあってもおかしくないかもしれないという気も何となくする。

 

私の顧問先の食品製造業の社長から、数年前に「先生、なぜ企業が外国人研修生を活用するのか、わかりますか?」と聞かれたことがある。

私は「実質的に支払う費用が安いせいでしょう」と言ったが、社長は「それもあるが」と前置きして、「日本人の若者は親が難しいんですよ」と言った。

「どうしてですか」と聞くと、夜間の勤務となると必ず親から「うちの子の帰りが遅い」というクレームが入るのだという。

 

そういうクレームに対応しているだけで、担当者は疲弊するのだという。

そのときは、時間外労働の法規制遵守が問題なのではないかと内心思ってはいて、親がいつも介入するわけもなかろうと考えていた。

 

実際の相談場面でも

労働問題の相談を受ける際に、まれに親が相談面談の場に同席することがある。

「子ども本人にパワハラ的な対応をして、職場に居られなくなるようにしたのは上司の責任だ」と訴える親とは別に、本人に話を聞くと本人は親の言う通りだとして、具体的な事実について親ほど雄弁に語れない。

 

最後に交渉方針の共有をするために、私が本人である子どもに「職場に戻る方向での交渉で良いのか」と聞くと何となく煮え切らない。

逆に親の方から「先生、ぜひそうしてください」と言われてしまう。

 

親が過度に子どもの労働のあり方に関わることは、子どもと親との関係性が問題なのだろうと思っていたし、なべて日本社会において一般化できる話ではないとも考えていた。

 

「親の思い」は採用時に無視できないものに

 

しかし、採用企業側が「オヤカク」をする理由を見れば、若者本人の内定辞退防止による人事採用コストの低減や採用後の親とのトラブル防止というのだから、けっこうそれなりの現実に迫られているのかもしれないとも思う。

 

ヨーロッパやアメリカの文化では考えられないというのは簡単だが、各企業も日本の現実に対する対策を考えないわけにもいかないだろう。

 

労働契約が採用する側と採用される側の意思の一致が成立の要件だ、というのも法律上の理屈の話でしかない。

 

ただ法律上の理屈の話はそれなりに原則として重要だろう。

 

せめて、それを意識・認識した上で、採用される若者本人に対して、企業としては、親にはどのような情報を提供して欲しいのか必要であればいつでも言って欲しいとか、それなりに親にも理解してもらえる情報としてこのようなサイトがあるなどは必要になるのではないだろうか。

 

法律家ではなく、一人の親として

そういう弁護士である自分自身も、一人の親であって、子どもの就職に無関心でいられたわけではない。

私事で恐縮だが、4人の子どもの親としてはとにかくそれぞれ心配はした。

 

一人の子が就職のための進路に迷えばアドバイスもしたし、就職後に過酷な職場環境と思われればそれなりに心配もした。

ある子どもに対しては、事後報告になっても、何が魅力でどうしてそこに就職したいのかは、しつこく聞いたりもした。

別の子が仕事の関係でテレビに出ることになったと聞けば、一所懸命録画したりもした。

要は、やはり親バカなのだろう。

 

問題は、一個の人間として、親子の距離感の問題ではないか、とも思っている。

もし、自分に「オヤカク」が来たとすれば、その子に何て言うのだろうか。

「うちの親は自分に任せると言っていました、と言ってくれ」かもしれない。

もしかしたら、啖呵を切って「お前を信用しないなら、早いとこ見切りをつけたほうがいい」と言うのかもしれない。

だが、それほど威勢良くも言えず、「ああ、わかった、それで良ければ何でも書く」ということに急になるかもしれない。

 

とにかく、その場にならないと、子どもの顔でも見ないと、あまり格好いいことは言えないのが、親なのかもしれない。

 

意外にも、自分と子どもの関係は傍目に見る以上にウエットなのだと、今さら気づき始めた。

 

それこそ、「ここの会社はどうなっている!」と、最後は親クレームをバンバン言いそうな気もしてきた。

いやいや、どうも法律家らしからぬ自分というものがありそうだ。

偉そうなことは言えない。

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 和田 光弘

和田 光弘
(わだ みつひろ)

一新総合法律事務所
理事長/弁護士

出身地:新潟県燕市
出身大学:早稲田大学法学部(国際公法専攻)

日本弁護士連合会副会長(平成29年度)​をはじめ、新潟県弁護士会会長などを歴任。

主な取扱い分野は、企業法務全般(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収、問題社員対応など)。そのほか、不動産問題、相続など幅広い分野に精通しています。
事務所全体で300社以上の企業との顧問契約があり、企業のリスク管理の一環として数多くの企業でハラスメント研修の講師を務めた実績があります。​


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災害支援型自動販売機をご存じですか?(弁護士:山田真也)

 │ 長岡事務所, 震災, その他, 弁護士山田真也, コラム

1 はじめに

令和6年1月1日、能登半島地震が発生しました。

犠牲になられた方々に謹んでお悔みを申し上げるとともに、被災されました皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 

今回の地震に際して、避難先の自動販売機が無断で破壊され、飲料が持ち出されるという事案がありました。

同事案をきっかけに、皆様に「災害支援型自動販売機」の存在を知っていただきたく、同事案の法的な問題点を解説します。

 

2 事案の概要

能登半島地震が発生した1日の夜、自主避難先となっていた石川県立穴水高校に設置されていた自動販売機が破壊され、中の飲料が持ち出されるという事案が発生しました。

後日、同自動販売機は、数人によって破壊され、飲料は避難中の住民に配布されていたことが明らかになりました。

 

同自動販売機の管理会社のうちの1社である北陸コカ・コーラのボトリングは、18日、石川県警察に被害届を提出しました。

その後、22日、自動販売機の破壊に関わったとされる人物のうちの1人から同社に連絡があり、同人は謝罪及び反省の弁を述べるとともに、被害弁償の意思を示したとされています。

 

報道によれば、同人は、「子ども連れの方に配ろうと思った」、「地震で気が動転していた」等の旨を述べているとのことで、同社は、地震直後で平時とは異なる状況であったことを考慮し、同人に対する被害弁償は求めず、刑事告訴もしない意向とのことです。

 

3 法的問題点

今回の事案では、法的に以下が問題となります。

⑴ 刑事

まず、自動販売機を損壊した場合、損壊した人は「器物損壊罪」に問われる可能性があります。

また、自動販売機の中の飲料を持ち出す行為については「窃盗罪」に問われる可能性があります。

 

次に、中の飲料を受け取った人ですが、事情を知らずに受け取った場合は罪に問われることにはならないと考えられます。

一方、飲料が不正に取得されたもの(=盗品であること)を認識したうえで受け取った場合は「盗品等無償譲受け罪」に問われる可能性があります。

 

なお、刑法上、「緊急避難」という概念があり、急迫な危難を避けるためにやむを得ずにした行為で、かつ、実際に生じた害が避けようとした害を超えない場合は、罰しないとされています。

本件も「緊急避難」が成立すれば、罪に問われないことになります。

しかしながら、本件のケースでは、「自動販売機を損壊してまで中の飲料を飲まないといけない急迫の状況」にあったと言えるのか、また、「管理会社に連絡をする」等他の手段を取ることができなかったのかなど、検討すべき事由があり、緊急避難の成立は難しいように思われます。

 

⑵ 民事

損壊した自動販売機本体、及び、中の飲料について、損害賠償責任を負うことになる可能性があります。

 

4 災害支援型自動販売機

それでは、本件で自動販売機を損壊してしまった人たちは、どのように行動するのが適切だったのでしょうか?

 

今回、損壊された自動販売機は、「災害支援型」と言われ、有事の際、所定の操作により、無償で中の飲料を取り出すことができる仕様の自動販売機でした。

近年では、そのような災害支援型自動販売機の設置が増えています。

 

具体的な操作については、自動販売機のタイプによって分かれているため、実際の場面では、まず自動販売機に記載されている連絡先に連絡をし、指示を仰ぐべきでしょう。

 

5 おわりに

今回の事案は、災害支援型自動販売機に対する正しい知識が十分でなかったこと、また、災害という緊急事態の状況で冷静な判断ができなかったことに原因があると考えられます。

 

しかしながら、うえで解説したとおり、有事の際であろうと基本的に許容される行為ではなく、刑事及び民事の責任を問われる可能性のある行為であることは、今後の教訓として各人が理解しておく必要があります。

 

本稿をきっかけに、災害支援型自動販売機の存在を知った方がお一人でもいてくだされば幸いです。

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 山田 真也

山田 真也
(やまだ しんや)

一新総合法律事務所 弁護士

出身地:新潟県新潟市 
出身大学:一橋大学法科大学院修了
国立大学法人において倫理審査委員会委員(2021年~)を務める。
主な取扱分野は、離婚、相続、金銭問題等。そのほか民事、刑事問わずあらゆる分野に精通し、個人のお客様、法人のお客様を問わず、質の高い法的サービスを提供するように心掛けています。


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裁量労働制に関する法改正(弁護士:鈴木孝規)

 │ 新潟事務所, 労働, 弁護士鈴木孝規, コラム

1 はじめに

 

裁量労働制に関する省令等が改正され、令和6年4月1日から施行されることにより、同日以降、新たに裁量労働制を導入する場合、または裁量労働制を継続する場合には、新たな手続が必要になりました。

本コラムでは、主として裁量労働制の導入にあたって必要な手続に関する改正の概要等について説明したいと思います。

 

2 現在の裁量労働制の概要

裁量労働制は、ある一定の業務に従事する労働者について、実際の労働時間に関わらず、労使間で予め定めた時間労働したものとみなす制度のことです。

裁量労働制には、専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類があります。

⑴ 専門業務型裁量労働制

専門業務型裁量労働制とは、業務の性質上、その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして定められた業務の中から、対象となる業務等を労使協定で定め、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使協定で予め定めた時間労働したものとみなす制度です。

 

現在の制度上では、専門業務型裁量労働制を導入するにあたっては、過半数労働組合または過半数代表者と、制度の対象となる業務や労働時間としてみなす時間等の一定の事項を定めた労使協定を締結したうえ、個別の労働契約や就業規則を整備するとともに、労働基準監督署に協定届を届け出る必要があります。

⑵ 企画業務型裁量労働制

企画業務型裁量労働制とは、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査および分析の業務であって、業務の性質上、これを適切に遂行するには、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務遂行の手段や時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務等について労使委員会で決議し、労働基準監督署長に決議の届出を行い、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使委員会の決議であらかじめ定めた時間労働したものとみなす制度です。

 

現在の制度上、企画業務型裁量労働制を導入するにあたっては、まず、労使委員会を組織し、企画業務型裁量労働制の実施のために労使委員会で決議をします。

その後、個別の労働契約や就業規則等の整備をするとともに、労働基準監督署に決議届の届出を行い、また、労働者本人の同意を得る必要があります。

企画業務型裁量労働制を導入した企業は、労働基準監督署へ6か月以内ごとに1回、定期報告を行う必要があります。

3 改正の内容等

 

 ⑴ 専門業務型裁量労働制について

専門業務型裁量労働制については、改正により、労使協定に、労働者本人の同意を得ることや、同意をしなかった場合に不利益取扱いをしないことを定めることが必要となります。

労働者本人の同意は、対象労働者ごと、労使協定の有効期間ごとに得ることが必要とされています。

 

また、労使協定に、同意の撤回の手続と、同意とその撤回に関する記録を保存することについても定めることが必要となります。

同意の撤回の手続は、同意を撤回する場合の申出先(部署や担当者)、申出方法等の具体的な内容を定めることとされています。

⑵ 企画業務型裁量労働制について

企画業務型裁量労働制についても、改正により、労使委員会の決議に、同意の撤回の手続と、同意とその撤回に関する記録を保存することについても定める必要があります。

また、労使委員会の決議に、対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合に、労使委員会に変更内容の説明を行うことを定める必要があります。

 

労使委員会の運営規程には、対象労働者に適用される賃金・評価制度の内容についての使用者から労使委員会に対する説明に関する事項(説明を事前に行うことや説明項目など)、労使員会の開催頻度を6か月以内ごとに1回とすることを定めることが必要となります。

 

労働基準監督署への定期報告の頻度も変更となり、初回は労使委員会の決議の有効期間の始期から6か月以内、その後は1年以内ごとに1回となります。

4 おわりに

今回の改正では、すでに裁量労働制を導入している企業が、令和6年4月1日以降も継続する場合、令和6年3月31日までに協定等を改正にあわせて修正等するなど必要な対応をしておかなければなりません。

裁量労働制を導入している企業については、改正の内容を踏まえて、早期に対応しておくとよいでしょう。

また、裁量労働制の導入を検討されている企業については、改正の内容を踏まえて、適切に制度設計をしたうえで導入することが必要となります。

 

_________

[参考]

厚生労働省「裁量労働制の導入・継続には新たな手続が必要です」
厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」
厚生労働省「企画業務型裁量労働制の解説」

この記事を執筆した弁護士
弁護士 鈴木 孝規

鈴木 孝規
(すずき たかのり)

一新総合法律事務所  弁護士

出身地:静岡県静岡市
出身大学:一橋大学法科大学院既修コース卒業
主な取扱分野は、企業法務(労務・労働事件(企業側)、契約書関連、クレーム対応、債権回収など)。そのほか相続、金銭トラブルなど幅広い分野に対応しています。
企業法務チームに所属し、社会保険労務士向け勉強会では、ハラスメント対応をテーマに講師を務めた実績があります。


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米球界はなぜ大谷翔平の高額報酬を支払えるのか?(弁護士 今井慶貴)

 │ 新潟事務所, 弁護士今井慶貴, コラム

大谷翔平選手の驚きの契約金額

大リーグの大谷翔平選手がドジャースに移籍しましたが、契約総額10年で7億ドル(約1015億円)という莫大な金額に驚いた人は多いと思います。

日本球界での2023年最高年俸は推定6億円台(ネット調べ)ということですので、ずいぶんと差がありますね。

その理由については、日本経済新聞の記事(12月15日のネット版)に興味深い分析がありました。

かいつまんでいうと、米球団が巨額の報酬を支払えるのは、放映権収入が日本の約10倍くらいあるため、球団の支払能力が高いということのようです。

なぜ放映権収入が違うかというと、放映権の売り方の違いがあり、米大リーグ機構が一括して販売するのに対し、日本では各球団がばら売りをしているから、といった要因があるそうです(それだけではないかもしれませんが)。

 

もともと、無料の地上波を中心に発展してきた日本と違い、米国では早くから有料放送が根付いていたという放送文化の違いがありました。

それに加えて、米国では2018年以降にスポーツベッティング(賭博)が合法化されたことから、試合中のプレーを予測して賭ける商品が広がり、さらに放映権料が高騰しているということです。

結局、お金を払ってでも見たいというファン層の厚さの違いが、日米野球界の市場規模の差となり、それが選手の年俸に反映しているのであって、ある意味では当たり前のことなのかもしれません。

 

とはいえ、スポーツベッティング(賭博)により、コンテンツの高額化が促進しているという指摘は、考えたことのない視点でした。

日本だと、サッカーくじはありますが、野球で賭け事をすると「野球賭博」という犯罪になってしまいますので、さわやかな大谷選手のイメージとは対極の話になってしまいます。

野球界に限らず、市場構造の違いという観点で物事を眺めると、色々と面白い発見がありそうですね。

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 今井 慶貴

今井 慶貴
(いまい やすたか)

一新総合法律事務所
副理事長/新潟事務所長/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:早稲田大学法学部

新潟県弁護士会副会長(平成22年度)、新潟市包括外部監査人(令和2~4年度)を歴任。
主な取扱分野は、企業法務(労務、契約、会社法務、コンプライアンス、事業承継、M&A、債権回収など)、事業再生・倒産、自治体法務です。
現在、東京商工リサーチ新潟県版で「ズバッと法談」を連載中です。


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性同一性障害者特例法に基づく性別変更のための生殖腺除去要件(4号)は「違憲」 判断のポイントを解説

 │ 新潟事務所, 弁護士中川正一, 燕三条事務所, 長岡事務所, 新発田事務所, 上越事務所, その他, コラム

1. はじめに

 

最高裁判所が令和5年10月25日、性同一性障害者の性別変更を認める特例法(以下「特例法」といいます)の一部を違憲とする判断をし、話題になりました。

 

具体的には、特例法3条1項4号において、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。」と規定されていることから、性別変更を求めるには、特段の事情がない限り生殖腺除去手術(内性器である精巣又は卵巣の摘出術)を受ける必要があります。

 

これが人権侵害ではないかが争われた事例なのですが、最高裁は、特例法の前記部分を違憲とする判断をしたのです。

 

一般的な受け取り方としては、手術なくして性別変更を認める、と理解された方が同判決日に「男性器を残したまま女風呂に入れるのではないか」という不安の声が聞かれたりしました。

 

しかし、今回の判例が言及したのは、生殖腺除去(内性器の除去)の話ですから、男性器という外性器の話を直接したわけではありません。

特例法3条1項5号は「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分は近似する外観を備えていること。」と規定しているところ、外性器の話はこの5号において議論されるべきものですが、今回の最高裁は原審(広島高裁岡山支部平成30年2月9日決定)の適否を判断する立場にあったのですが、原審がこの5号について判断をしていなかったため、最高裁も判断していません。

 

ですから、今回の判例から直ちにお風呂の話題に直結するわけではありませんので、この点は誤解しないでください。

 

ただし、複数の裁判官が反対意見の中で、当然議論されるべき5号にも言及していますので、後でその話題にも触れたいと思います。

 

2.背景事実

(1)立法経緯

特例法が制定されたのは平成15年7月です。

当時の法案提出理由からすると、特例法は性同一性障害が世界保健機関の策定に係るICD(国際疾病分類)第10回改訂版等にも掲載された医学的疾患であるとの理解を前提として、性同一性障害を有する者が、段階的治療の第3段階(生殖腺除去手術、外性器の除去手術又は外性器の形成術等)を経ることにより医学的に必要な治療を受けた上で、自己の性自認に従って社会生活を営んでいるにもかかわらず、法的性別が生物学的な性別のままであることにより社会生活上の様々な問題を抱えている状況にあることに鑑み、一定の要件を満たすことで性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることを可能にし、治療の効果を高め、社会的な不利益を解消するために制定されたものと解されます。

 

当時の日本精神神経学会の定めた「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」第2版は、前記第3段階を経た性同一性障害を有する者について、法的性別の変更がなければ、社会生活上大きな障害になるものとされており、特例法の立法当時は、内性器除去、外性器除去又は形成手術ありきの性同一性障害者を性別変更の対象者として想定していました。

 

ただし、特例法の附則には、性同一性障害者の範囲等について、特例法の施行の状況、性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする旨の規定が置かれています。

 

つまり、社会の変化に伴った法律上の変更を予定しているといえ、実際に特例法3条1項3号の規定は平成20年改正で変更されています。

 

(2)社会の変化

ア 身体的治療の必要性に対する考え方

平成18年1月に提示された同ガイドライン第3版では、性同一性障害を有する者の示す症状は多様であり、どのような身体的治療が必要であるかは患者によって異なるとして、段階的治療という考え方は取られなくなりました。

具体的には、身体的治療を要する場合には、ホルモン療法、乳房切除術、生殖腺除去手術、外性器の除去術又は形成術等のいずれか、あるいはその全てをどのような順序でも選択できるものと改められました。

イ 性同一性障害の位置付けの変化

性同一性障害について、「障害」との位置付けは不適切であるとの指摘がされたため、ICD第11回改訂版において、性同一性障害の名称は「性別不合」に変更されました。

ウ 特例法の改正(平成20年)

特例法3条1項3号は、平成20年改正により、「現に子がいないこと」を「現に未成年の子がいないこと」に改められました。

同改正は、成年子との関係では母であった者が性別変更をして男になることを許容するものであり、「男である母」や「女である父」が存在しうることを肯認していると評価できます。

今回の最高裁が指摘しています。

エ 社会状況の変化

① 特例法の施行から、1万人を超える者が性別変更審判を受けた。

② 文科省の学校教育現場における性同一性障害を有する児童生徒の心情等に十分配慮した対応を促す通知(平成22年以降)

③ 東京都文京区において性自認等を理由とする差別的取扱を禁止する条例が制定(平成25年)された以降、相当数の地方公共団体の条例で同趣旨の条項が設けられている。

④ 厚労省の性的マイノリティを排除しないよう求める取り組み(平成28年)

⑤ 日本経済団体連合会が、いわゆるLGBTへの適切な理解を促す提言(平成29年)

⑥ 一部の女子大において法的性別は男性であるが心理的な性別は女性である学生を受け入れた(令和2年)。

⑦ 特例法の制定当時、多くの国が生殖能力の喪失を性別変更要件と定めていたが、平成26年に世界保健機関等が同要件に反対する声明を発し、平成29年には欧州人権裁判所が欧州人権条約に違反する旨の判決したことから、現在では、欧米諸国を中心に生殖能力の喪失を要件としない国が増加し、相当数に及んでいる。

⑧ 性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律の制定(令和5年6月)

 

(3)近年の裁判例

ア 今回の最高裁判決の原審(広島高裁岡山支部平成30年2月9日決定)

ここでは「性別に関する認識は、基本的に、個人の内心の問題であり、自己の認識する性と異なる性での生き方を不当に強制されないという意味で、個人の幸福追求権と密接にかかわる事柄であり、個人の人格権の一内容をなすものということができるが、これを社会的にみれば、性別は、民法の定める身分に関する法制の根幹をなすものであって、これら法制の趣旨と無関係に、自由に自己の認識する性の使用が認められるべきであるとまではいうことができない。すなわち、性同一性に係る上記人格権の内容も、憲法上一義的に捉えられるべきものではなく、憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をもって初めて具体的に捉えられるものであるといわなければならない。そうすると、身分法全体の法制度を離れて、4号が性別適合手術を性別の取扱いの変更の要件の1つと定めていること自体を捉えて直ちに人格権を侵害し、違憲であるか否かを論ずることは相当ではない。」としたうえで、「性の自認や性的指向等がその者の生物学的な性と完全に一致しない態様やその程度は極めて多様である。そうすると、どのような者について、前記のような法的効果を有する法律上の性別の取扱いの変更を認めるのが相当か、その要件をどのように定めるかについては、これらの者を取り巻く社会環境の状況等を踏まえた判断を要するのであって、基本的に立法府の裁量に委ねられていると解するのが相当である。」とし、立法府が裁量権の範囲を逸脱したかを検討しました。

 

その結果、「特例法に基づいて性別の取扱いの変更がされた後、元の性別の生殖能力に基づいて子が誕生した場合には、現行の法体系で対応できないところも少なくないから、身分法秩序に混乱を生じさせかねない。」として、立法目的が正当であることを根拠として、立法の裁量の範囲内にある特例法の4号を合憲と判断しました。

 

イ 最高裁の合憲判断(平成31年1月23日)

最高裁は、平成31年1月23日に、今回と同一の条項について、合憲判断をしています。

このときは、「本件規定は、性同一性障害者一般に対して上記手術を受けること自体を強制するものではないが、性同一性障害者によっては、上記手術まで望まないのに当該審判を受けるためやむなく上記手術を受けることもあり得るところであって、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない。もっとも、本件規定は,当該審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される。これらの配慮の必要性、方法の相当性等は、性自認に従った性別の取扱いや家族制度の理解に関する社会的状況の変化等に応じて変わり得るものであり、このような規定の憲法適合性については不断の検討を要するものというべきであるが、本件規定の目的、上記の制約の態様、現在の社会的状況等を総合的に較量すると、本件規定は、現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない。と判断した。

 

注目すべきは、「現時点では」という留保付の合憲判断だったことです。

 

なお、2人の裁判官は、補足意見として、今回の最高裁があげた前記背景事実のほとんどを指摘していますが、特例法の施行から14年余りを経た当時としては、性別変更が認められた例が7,000人を超える状況だったようです。

 

3.憲法13条とは

 

(1)憲法13条は、下記のように規定されています。

“すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。”

 

社会の変革に伴い個人が人格的に生存するために不可欠と考えられる基本的な権利・自由として保護に値すると考えられるいわゆる「新しい人権」は、一般的に憲法13条を根拠に憲法上保障される人権の1つと考えられています。

 

(2)今回の最高裁判決が出る約1月前にいわゆる芦部憲法第8版が出版されました。

芦部先生はご逝去されていますので、新たな執筆部分は高橋和之*[1]先生によるものです。

 

同書でも、最近注目を集めている問題として、性同一性障害者が「自己の自認する性にしたがって生きる自由」を指摘しています。

 

さらに同書では、人権侵害を判断する際の方法として、①その法律がいかなる人権を制約しているかを判断し、②その制約が公共の福祉による制限として正当化されるかという手順を紹介しています。

 

ただし、最高裁は、13条違反が争われる場合、13条の保障するいかなる権利が制約されているかを明確にすることを避け、あるいは極めて抽象的な「人格権」が制約されているとのみ述べ、議論の焦点を制約の正当化に合わせる手法を取ることが多い、と評価されています。

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*[1]  某国会議員が国会で行った憲法クイズで言いたかった(?)と思われる著名な憲法学者です。なぜ(?)なのかはひっそりと検索してみてください。

 

4.今回の最高裁判決

(1)まず、「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由」を憲法13条によって保障される人権として扱っています。

そして、「本件規定は、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、同手術を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するものということができ、このような制約は、性同一性障害を有する者一般に対して生殖腺除去手術を受けることを直接的に強制するものではないことを考慮しても、身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されないというべきである。」

以上のように述べ、判断基準として「本件規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、本件規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断されるべきものと解するのが相当である。」と述べました。

 

(2)判断のポイント

①特例法の立法趣旨と合理性について

本件規定の立法趣旨を「性別変更審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないこと、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける必要があること等の配慮に基づくもの」としています。

原審では、これを正当な目的と判断しています。

 

しかし、最高裁では、「性同一性障害を有する者は社会全体からみれば少数である上、性別変更審判を求める者の中には、自己の生物学的な性別による身体的特徴に対する不快感等を解消するために治療として生殖腺除去手術を受ける者も相当数存在することに加え、生来の生殖機能により子をもうけること自体に抵抗感を有する者も少なくないと思われることからすると、本件規定がなかったとしても、生殖腺除去手術を受けずに性別変更審判を受けた者が子をもうけることにより親子関係等に関わる問題が生ずることは、極めてまれなことである」と判断しました。

 

また、「親子関係等に関わる問題のうち、法律上の親子関係の成否や戸籍への記載方法等の問題は、法令の解釈、立法措置等により解決を図ることが可能なものである。」と問題の解消を民法等他の法令変更により図るべきことを指摘しており、原審と大きく異なります。

 

さらに、性別変更前の性別の生殖機能により子をもうけると、「女である父」「男とである母」が存在する事態が生じうるが、平成20年改正により成年の子がいる性同一性障害者が性別変更審判を受けた場合にはこの事態を肯認されることになったが、現在までに、このことにより親子関係等に関わる混乱が社会に生じたことはうかがわれない、ことを指摘しています。

 

そのうえで「特例法の施行から約19年が経過し、これまでに1万人を超える者が性別変更審判を受けるに至っている中で、性同一性障害を有する者に関する理解が広まりつつあり、その社会生活上の問題を解消するための環境整備に向けた取組等も社会の様々な領域において行われていることからすると、上記の事態が生じ得ることが社会全体にとって予期せぬ急激な変化に当たるとまではいい難い。」としたうえで、「特例法の制定当時に考慮されていた本件規定による制約の必要性は、その前提となる諸事情の変化により低減しているというべきである。」と判断しました。

 

②医学的知見からの検討

特例法が立法当時においては、医学的にも合理的関連性があったものと理解したうえで、その後、医学的知見の進展により、「治療の在り方の多様性に関する認識が一般化して段階的治療という考え方が採られなくなり、…必要な治療を受けたか否かは性別適合手術を受けたか否かによって決まるものではなくなり、上記要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っているといわざるを得ない。」と判断しました。

 

「そして、本件規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、…身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。」

「生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していることをも考慮すると、前記の本件規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、制約として過剰になっているというべきである。」

 

③結論

「本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない。よって、本件規定は憲法13条に違反するものというべきである。

 

そのうえで、原審が特例法3条1項5号の審理を尽くしていないので、原審に差し戻す、という結論でした。

 

5.公衆浴場の問題

 

今回の最高裁の判断について、3人の反対意見はありますが、前記のとおり、憲法13条に違反する点について、裁判官全員の意見が一致しています。

反対意見の中で、5号規定に触れているものがあります。

 

 

(1)1つ目の意見(5号規定を違憲無効と考える)

5号規定は、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。」と規定するところ、これに該当するためには、原則として、外性器の除去術及び形成術又は上記外観を備えるに至るホルモン療法(以下、これらの治療を「外性器除去術等」という。)を受ける必要があります。

このような外性器除去術等は、生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果等をもたらす身体への強度の侵襲です。

この観点から、4号規定と同様の判断基準で検討し、5号規定も憲法13条に違反すると結論づけています。

皆さんの関心は、5号規定の合理性がどのように検討されたかにあると思いますので、その点を確認してみましょう。

 

ア 5号規定の目的

「5号規定の目的についてみると、5号規定は、他の性別に係る外性器に近似するものがあるなどの外観がなければ、例えば公衆浴場で問題を生ずるなど、社会生活上混乱を生ずる可能性があることなどが考慮されたものと解される。」

イ 公衆浴場等の状況

① 公衆浴場等については、一般に、法律に基づく事業者の措置により、男女別に浴室の区分が行われている。

 

② このような浴室の区分は、各事業者の措置によって具体的に規律されるものであり、それ自体は、法令の規定の適用による性別の取扱い(特例法4条1項参照)ではない。

実際の利用においては、通常、各利用者について証明文書等により法的性別が確認されることはなく、利用者が互いに他の利用者の外性器に係る部分を含む身体的な外観を認識できることを前提にして、性別に係る身体的な外観の特徴に基づいて男女の区分がされているということができる。

ウ 5号規定がなかった場合

① 性同一性障害者は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づき、身体的及び社会的に他の性別に適合しようとする意思を有すると認められる者であり(特例法2条)、そのような者が、他の性別の人間として受け入れられたいと望みながら、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的ではない。

 

② その一方で、5号規定がない場合には、性別変更審判により、身体的な外観に基づく規範と法的性別との間にずれが生じ得ることについて、利用者が不安を感じる可能性があることは否定できない。

 

しかし、その場合でも、上記規範の性質等に照らし、性別変更審判を受けた者を含め、上記規範が社会的になお維持されると考えられることからすると、これを前提とする事業者の措置がより明確になるよう、必要に応じ、例えば、浴室の区分や利用に関し、厚生労働大臣の技術的な助言を踏まえた条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができる。

また、特例法は、性別変更審判を受けた者に関し、法令の規定の適用については、その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定するが、法律に別段の定めがある場合を除外して、その例外を予定しており(4条1項)、公衆浴場等の利用という限られた場面の問題として、法律に別段の定めを設けることも考えられる。

 

③ 5号規定がなかったとしても、単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない。

その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである。

 

エ トイレ等の場合

トイレや更衣室の利用についても、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用のトイレ等に入ってくるという指摘がある。

 

しかし、トイレ等においては、通常、他人の外性器に係る部分の外観を認識する機会が少なく、その外観に基づく区分がされているものではない。

 

利用者が安心して安全にトイレ等を利用できることは、全ての利用者にとって重要な問題であるが、各施設の性格(学校内、企業内、会員用、公衆用等)や利用の状況等は様々であり、個別の実情に応じ適切な対応が必要である。また、性同一性障害を有する者にとって生活上欠くことのできないトイレの利用は、性別変更審判の有無に関わらず、切実かつ困難な問題であり、多様な人々が共生する社会生活の在り方として、個別の実情*[2]に応じ適切な対応が求められる。

 

このように、トイレ等の利用の関係で、5号規定による制約を必要とする合理的な理由がないことは明らかである。

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*[2]  最高裁は、令和5年7月11日判決で、個別の実情を考慮して、性同一性障害者が自認する女性用トイレの使用を職場に求めた事案で執務室から2階離れた階の女性トイレの使用を認めていた措置について違法と判断しています。これは個別事案に基づく判断ですが、職場環境を実質的に検討し当該性同一性障害者が職場内のトイレを自由に使用させることができたと判断したものです。

 

(2)2つ目の意見(5号規定を違憲無効と考える)

こちらの意見も結論は1つ目の意見と同じです。

以下のような検討のうえ、5号規定の制約手段は5号規定の制約目的に照らして相当なものであるとはいえず、5号規定は本件規定と同様に違憲である、と述べています。

 

ア 5号規定の目的

この見解は「5号規定の制約目的は「自己の意思に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心あるいは嫌悪感を抱かされることのない利益」(以下、この利益「意思に反して異性の性器を見せられない利益」という。)を保護することにある」と考えたうえで、性器を公然と露出する行為が刑法174条の罪(公然わいせつ罪)に当たることは確立されていることなどを背景に5号規定の制約目的には正当性が認められる、とします。

 

イ 手段の相当性

① 我が国の全人口に占める性同一性障害者の割合は非常に低く、その中でも5号要件非該当者に当たる者はさらに少ない上に、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が尊重されてきた我が国社会の伝統的秩序を知りながらあえて許容区域に入場し、そこで自らの性器を他の利用者に見えるように行動しようとする者はもっと少なく、存在するとしても、ごく少数にすぎないであろう。

 

② 第二に留意すべきことは、全ての許容区域は、これを公衆の用に供することを業として行う者の管理下にあるという点である。

 

許容区域の管理者は、①厚生労働大臣が各地方公共団体にする技術的助言及びこれを踏まえた許容区域の性別区分を定める諸条例においていうところの「男女」の解釈(なお、現行の上記技術的助言(令和5年6月23日付薬生衛発0623第1号)は「男女」の区分は専ら身体的な特徴によってなされるべきであるとしている)。

 

あらゆる許容区域の管理者は、利用者が有している「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれることのないよう細心の注意を払うとともに、定められた利用規則の内容を当該許容区域の利用者に周知徹底させるよう努めることが期待できる。

 

6.まとめ

(1)前記のとおり、同じ特例法4号について判断した平成31年最高裁は合憲判断をしていたのに対し、今回の令和5年最高裁は違憲判断をしました。

 

今回の最高裁があげた背景事実を参照して振り返ってみると、2つの最高裁判断の時点での差は、①性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律の制定(令和5年6月)と②変更手続の利用者が7000人超えから1万人超えに増えたことくらいしかなさそうなのに、この2つだけが要因となって判断が逆転したようには思えません。

 

この点、平成31年最高裁判決の補足意見では、「本件規定は、現時点では、憲法13条に違反するとまではいえないものの、その疑いが生じていることは否定できない。」と指摘したうえ、判決文でも「現時点では」という留保付の合憲判断だったことをみると、再度、立法府に課題を出したがこれが変化がなかったがゆえの判断だったのではないでしょうか。

 

結論としては非常に納得できるものでしたし、公衆浴場に関する議論も差戻し審に先行して、反対意見の中で論じられたのは一般の方の不安解消に資したように思います。

 

(2)ただ公衆浴場に関する議論において、指摘された同領域においては、「『男女』の区分は専ら身体的な特徴によってなされるべき」という指摘されていることにより、将来、外形的手術を経ずに性別変更できるようになった方は、戸籍上の性別変更をした後も、公衆浴場等では旧性を意識しなければならないことになります。

 

そもそも実生活において、自認する性との不合を問題として性別変更を希望したのに、実社会において旧性を意識しなければならない領域が公衆浴場やトイレなどという日常に存在することは性別変更の目的を遂げたことにならないのではなかろうか、という疑問も個人的にはあるところ、性別変更に関する議論の完全終結はまだまだ先のように感じています。

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 中川 正一

中川 正一
(なかがわ まさかず)

一新総合法律事務所
理事/新発田事務所長/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:電気通信大学大学院情報工学専攻(中退)

新潟県弁護士会副会長(平成26年度)、現在は新発田市情報公開・個人情報保護審査会委員、新発田市行政不服審査委員などを歴任しています。取扱分野は、離婚、相続、交通事故など。その他、借金問題や、建築・不動産、労働問題など幅広い分野に精通しています。
特に相続・成年後見・家族信託等をテーマとしたセミナー講師を務めた実績が多数あります。


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