2024/09/10
法務情報
公益通報者保護の要件(弁護士 中川 正一)
新潟事務所、弁護士中川正一、燕三条事務所、長岡事務所、新発田事務所、上越事務所、東京事務所、長野事務所、高崎事務所、コラム、松本事務所
話題になっている公益通報者保護法による保護の対象など、誤解されやすい点を整理してみました。
1 制度趣旨
事業者による違法行為(食品偽装やリコール隠し等)によって国民の生命、身体、財産等に被害が発生した際には、その性質上、被害が広範囲に及んだり、回復し難い被害が生ずるおそれがあることから、これらを防止する必要性があります。
このような違法行為は、事業者内部の労働者等からの通報をきっかけに明らかになることもあり、「公益通報者保護法」は、このような通報者を解雇等の不利益から保護すること目的とします。
2 通報に関する要件
「公益通報」とは、①労働者等が、②役務提供先の不正行為を、③不正の目的ではなく、④一定の通報先に通報することをいいます。
(1) 通報の主体の問題
通報の主体は、「労働者」「退職者」「役員」です。
「労働者」には、正社員の他、派遣社員、アルバイト、パートタイマーなどの他、公務員も含まれます。
「退職者」は通報の日1年以内に雇用元又は派遣先(派遣労働者の場合)で働いている者をいいます。
(2) 通報対象事実の射程の問題
通報対象事実とは、対象となる法律(及びこれに基づく命令)に違反する犯罪行為若しくは過料対象行為、又は最終的に刑罰若しくは過料につながる行為のことです。
ここで「対象となる法律」とは、全ての法律が対象になるわけではなく、「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律」として公益通報者保護法や政令で定められた法律のことです。
具体的には、下表のとおりです。
「対象となる法律」の例 | |
分野 | 法律の例 |
個人の生命・ 身体の保護 |
〇刑法 〇食品衛生法 〇道路運送車両法 〇核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律 〇家畜伝染病予防法 〇建築基準法 〇医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保に関する法律 |
消費者の 利益の擁護 |
〇金融商品取引法 〇日本農林規格等に関する法律 〇食品表示法 〇特定商品取引に関する法律 〇割賦販売法 〇電気事業法 〇不当景品類及び不当表示防止法 |
環境の保全 | 〇大気汚染防止法 〇廃棄物の処理及び清掃に関する法律 〇水質汚濁防止法 〇土壌汚染対策法 〇悪臭防止法 |
公正な 競争の確保 |
〇私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律 〇不正競争防止法 〇下請け代金支払遅延等防止法 |
その他 | 〇個人情報の保護に関する法律 〇労働基準法 〇出資の受け入れ、預り金及び金利等の取り締まりに関する法律 〇著作権法 〇不正アクセス行為の禁止等に関する法律 |
そのため通報対象事実には、刑罰や科料を前提としないパワハラなどの民法上の不法行為は、当然には含まれません。
ただし、ハラスメントが暴行・脅迫や強制わいせつなどの犯罪行為に当たる場合には、公益通報に該当し得ます。
3 通報者が保護されるための要件は通報先によって異なる
(1) 通報先
①事業者内部、②権限を有する行政機関、③その他の事業者外部が予定されています。
「その他の事業者外部」とは、「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」です。
例えば、報道機関、消費者団体、事業者団体、労働組合などを予定しており、有害な物質が排出されている場合等には周辺住民なども該当します。
(2) 保護されるための要件
① 通報先が事業者内部の場合
「通報対象事実が生じ、又はまさに生じさせようとしていると思料すること」
② 通報先が権限を有する行政機関の場合
以下のア又はイのいずれかの要件を満たす必要があります。
ただし、通報者が「役員」の場合は、イの要件は対象外になります。
ア 「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があること」
※ 「相当の理由」とは、単なる憶測や人から聞いた話では足りず、通報内容が真実であることを裏付ける証拠や関係者による信用性の高い供述など、相当の根拠が必要になります。また、「役員」が通報する場合はさらに要件は加重されています。
イ 「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料し、かつ、次の事項を記載した書面を提出すること」
・ 通報者の氏名又は名称、住所又は居所
・ 通報対象事実の内容
・ 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する理由
・ 通報対象事実について法令に基づく措置その他適当な措置がとられるべきと思料する理由
③ 通報先が事業者外部の場合
より保護の要件が加重され、保護されることが難しくなります。
4 保護の内容
労働者が、前記の保護要件を満たして公益通報をした場合、公益通報をしたことを理由とする解雇の無効や不利益な取扱が禁止されています。
5 保護の要件を満たさない場合
では、前記の保護の要件を満たしていない場合には、保護されないことになるのでしょうか。
労働契約法では、使用者が権利を濫用したと認められる場合の解雇等を無効とするなど、解雇等については広く一般的に制限を加えています。
このような別な法律により、公益通報者保護法の保護の対象とならない通報であっても、通報者が保護されることが望まれますが、濫用という基準は明確とはいえませんので保護の要件を満たすように努力するべきでしょう。
6 通報を受けた事業者や行政機関の対応
(1) 事業者内部に通報があった場合
事業者は、公益通報者保護法上、従事者(窓口で通報を受け付ける者、調査等に従事する者、是正措置を実施する者等であって通報者氏名などを伝達される人)を指定する義務や事業者内部の公益通報に適切に対応する体制を整備する義務(ただし、従業員数が300名以下の事業者は努力義務)が課されています。
従事者には、通報者氏名などの情報について漏らしてはならない、という守秘義務が法律上定められており、違反した場合には30万円以下の罰金が科されることになります。
指針では具体的に、以下のことが義務づけられています。
・ 公益通報の受付、必要な調査・是正措置を実施することや、これらに利害関係者を関与させないこと
・ 公益通報を理由とした不利益な取扱いや公益通報者が誰であるかを特定させる情報が必要な範囲を超えて共有されることを防止する措置等をとること
(2) 行政機関に通報があった場合
権限を有する行政機関は、公益通報を受けた場合には、必要な調査を行い、適切な措置をとらなければなりません。
通報が、誤って通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有しない行政機関に対してなされた場合には、その行政機関は正しい行政機関を通報者に教示しなければなりません。
7 最後に
以上のとおり、制度を整理してみました。
(1) 通報者側
ポイントとしては、通報者側としては、通報対象事実には、刑罰や科料を前提としないパワハラなどの民法上の不法行為は、当然には含まれないことに注意してください。
また通報先としては、保護される要件としては最も緩やかなのが事業者内部への通報ですが、それでも通報内容が真実であることを裏付ける証拠や関係者による信用性の高い供述など、相当の根拠が必要になることに注意してください。
(2) 事業者側
従事者には、通報者氏名などの情報について漏らしてはならない、という守秘義務が法律上定められています。
その他、努力義務を負うにとどまる中小事業者においても、組織の長その他幹部からの影響力が不当に行使されることを防ぐためには、独立性を確保する仕組みを設ける必要性が高いことに留意する必要があります。
これらは公益通報者保護法の趣旨を実現するために要となるところなので、絶対的な運用が求められるところです。
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