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性同一性障害者特例法に基づく性別変更のための生殖腺除去要件(4号)は「違憲」 判断のポイントを解説

 │ 新潟事務所, 弁護士中川正一, 燕三条事務所, 長岡事務所, 新発田事務所, 上越事務所, その他, コラム

1. はじめに

 

最高裁判所が令和5年10月25日、性同一性障害者の性別変更を認める特例法(以下「特例法」といいます)の一部を違憲とする判断をし、話題になりました。

 

具体的には、特例法3条1項4号において、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。」と規定されていることから、性別変更を求めるには、特段の事情がない限り生殖腺除去手術(内性器である精巣又は卵巣の摘出術)を受ける必要があります。

 

これが人権侵害ではないかが争われた事例なのですが、最高裁は、特例法の前記部分を違憲とする判断をしたのです。

 

一般的な受け取り方としては、手術なくして性別変更を認める、と理解された方が同判決日に「男性器を残したまま女風呂に入れるのではないか」という不安の声が聞かれたりしました。

 

しかし、今回の判例が言及したのは、生殖腺除去(内性器の除去)の話ですから、男性器という外性器の話を直接したわけではありません。

特例法3条1項5号は「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分は近似する外観を備えていること。」と規定しているところ、外性器の話はこの5号において議論されるべきものですが、今回の最高裁は原審(広島高裁岡山支部平成30年2月9日決定)の適否を判断する立場にあったのですが、原審がこの5号について判断をしていなかったため、最高裁も判断していません。

 

ですから、今回の判例から直ちにお風呂の話題に直結するわけではありませんので、この点は誤解しないでください。

 

ただし、複数の裁判官が反対意見の中で、当然議論されるべき5号にも言及していますので、後でその話題にも触れたいと思います。

 

2.背景事実

(1)立法経緯

特例法が制定されたのは平成15年7月です。

当時の法案提出理由からすると、特例法は性同一性障害が世界保健機関の策定に係るICD(国際疾病分類)第10回改訂版等にも掲載された医学的疾患であるとの理解を前提として、性同一性障害を有する者が、段階的治療の第3段階(生殖腺除去手術、外性器の除去手術又は外性器の形成術等)を経ることにより医学的に必要な治療を受けた上で、自己の性自認に従って社会生活を営んでいるにもかかわらず、法的性別が生物学的な性別のままであることにより社会生活上の様々な問題を抱えている状況にあることに鑑み、一定の要件を満たすことで性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることを可能にし、治療の効果を高め、社会的な不利益を解消するために制定されたものと解されます。

 

当時の日本精神神経学会の定めた「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」第2版は、前記第3段階を経た性同一性障害を有する者について、法的性別の変更がなければ、社会生活上大きな障害になるものとされており、特例法の立法当時は、内性器除去、外性器除去又は形成手術ありきの性同一性障害者を性別変更の対象者として想定していました。

 

ただし、特例法の附則には、性同一性障害者の範囲等について、特例法の施行の状況、性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする旨の規定が置かれています。

 

つまり、社会の変化に伴った法律上の変更を予定しているといえ、実際に特例法3条1項3号の規定は平成20年改正で変更されています。

 

(2)社会の変化

ア 身体的治療の必要性に対する考え方

平成18年1月に提示された同ガイドライン第3版では、性同一性障害を有する者の示す症状は多様であり、どのような身体的治療が必要であるかは患者によって異なるとして、段階的治療という考え方は取られなくなりました。

具体的には、身体的治療を要する場合には、ホルモン療法、乳房切除術、生殖腺除去手術、外性器の除去術又は形成術等のいずれか、あるいはその全てをどのような順序でも選択できるものと改められました。

イ 性同一性障害の位置付けの変化

性同一性障害について、「障害」との位置付けは不適切であるとの指摘がされたため、ICD第11回改訂版において、性同一性障害の名称は「性別不合」に変更されました。

ウ 特例法の改正(平成20年)

特例法3条1項3号は、平成20年改正により、「現に子がいないこと」を「現に未成年の子がいないこと」に改められました。

同改正は、成年子との関係では母であった者が性別変更をして男になることを許容するものであり、「男である母」や「女である父」が存在しうることを肯認していると評価できます。

今回の最高裁が指摘しています。

エ 社会状況の変化

① 特例法の施行から、1万人を超える者が性別変更審判を受けた。

② 文科省の学校教育現場における性同一性障害を有する児童生徒の心情等に十分配慮した対応を促す通知(平成22年以降)

③ 東京都文京区において性自認等を理由とする差別的取扱を禁止する条例が制定(平成25年)された以降、相当数の地方公共団体の条例で同趣旨の条項が設けられている。

④ 厚労省の性的マイノリティを排除しないよう求める取り組み(平成28年)

⑤ 日本経済団体連合会が、いわゆるLGBTへの適切な理解を促す提言(平成29年)

⑥ 一部の女子大において法的性別は男性であるが心理的な性別は女性である学生を受け入れた(令和2年)。

⑦ 特例法の制定当時、多くの国が生殖能力の喪失を性別変更要件と定めていたが、平成26年に世界保健機関等が同要件に反対する声明を発し、平成29年には欧州人権裁判所が欧州人権条約に違反する旨の判決したことから、現在では、欧米諸国を中心に生殖能力の喪失を要件としない国が増加し、相当数に及んでいる。

⑧ 性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律の制定(令和5年6月)

 

(3)近年の裁判例

ア 今回の最高裁判決の原審(広島高裁岡山支部平成30年2月9日決定)

ここでは「性別に関する認識は、基本的に、個人の内心の問題であり、自己の認識する性と異なる性での生き方を不当に強制されないという意味で、個人の幸福追求権と密接にかかわる事柄であり、個人の人格権の一内容をなすものということができるが、これを社会的にみれば、性別は、民法の定める身分に関する法制の根幹をなすものであって、これら法制の趣旨と無関係に、自由に自己の認識する性の使用が認められるべきであるとまではいうことができない。すなわち、性同一性に係る上記人格権の内容も、憲法上一義的に捉えられるべきものではなく、憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をもって初めて具体的に捉えられるものであるといわなければならない。そうすると、身分法全体の法制度を離れて、4号が性別適合手術を性別の取扱いの変更の要件の1つと定めていること自体を捉えて直ちに人格権を侵害し、違憲であるか否かを論ずることは相当ではない。」としたうえで、「性の自認や性的指向等がその者の生物学的な性と完全に一致しない態様やその程度は極めて多様である。そうすると、どのような者について、前記のような法的効果を有する法律上の性別の取扱いの変更を認めるのが相当か、その要件をどのように定めるかについては、これらの者を取り巻く社会環境の状況等を踏まえた判断を要するのであって、基本的に立法府の裁量に委ねられていると解するのが相当である。」とし、立法府が裁量権の範囲を逸脱したかを検討しました。

 

その結果、「特例法に基づいて性別の取扱いの変更がされた後、元の性別の生殖能力に基づいて子が誕生した場合には、現行の法体系で対応できないところも少なくないから、身分法秩序に混乱を生じさせかねない。」として、立法目的が正当であることを根拠として、立法の裁量の範囲内にある特例法の4号を合憲と判断しました。

 

イ 最高裁の合憲判断(平成31年1月23日)

最高裁は、平成31年1月23日に、今回と同一の条項について、合憲判断をしています。

このときは、「本件規定は、性同一性障害者一般に対して上記手術を受けること自体を強制するものではないが、性同一性障害者によっては、上記手術まで望まないのに当該審判を受けるためやむなく上記手術を受けることもあり得るところであって、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない。もっとも、本件規定は,当該審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける等の配慮に基づくものと解される。これらの配慮の必要性、方法の相当性等は、性自認に従った性別の取扱いや家族制度の理解に関する社会的状況の変化等に応じて変わり得るものであり、このような規定の憲法適合性については不断の検討を要するものというべきであるが、本件規定の目的、上記の制約の態様、現在の社会的状況等を総合的に較量すると、本件規定は、現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない。と判断した。

 

注目すべきは、「現時点では」という留保付の合憲判断だったことです。

 

なお、2人の裁判官は、補足意見として、今回の最高裁があげた前記背景事実のほとんどを指摘していますが、特例法の施行から14年余りを経た当時としては、性別変更が認められた例が7,000人を超える状況だったようです。

 

3.憲法13条とは

 

(1)憲法13条は、下記のように規定されています。

“すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。”

 

社会の変革に伴い個人が人格的に生存するために不可欠と考えられる基本的な権利・自由として保護に値すると考えられるいわゆる「新しい人権」は、一般的に憲法13条を根拠に憲法上保障される人権の1つと考えられています。

 

(2)今回の最高裁判決が出る約1月前にいわゆる芦部憲法第8版が出版されました。

芦部先生はご逝去されていますので、新たな執筆部分は高橋和之*[1]先生によるものです。

 

同書でも、最近注目を集めている問題として、性同一性障害者が「自己の自認する性にしたがって生きる自由」を指摘しています。

 

さらに同書では、人権侵害を判断する際の方法として、①その法律がいかなる人権を制約しているかを判断し、②その制約が公共の福祉による制限として正当化されるかという手順を紹介しています。

 

ただし、最高裁は、13条違反が争われる場合、13条の保障するいかなる権利が制約されているかを明確にすることを避け、あるいは極めて抽象的な「人格権」が制約されているとのみ述べ、議論の焦点を制約の正当化に合わせる手法を取ることが多い、と評価されています。

_______

*[1]  某国会議員が国会で行った憲法クイズで言いたかった(?)と思われる著名な憲法学者です。なぜ(?)なのかはひっそりと検索してみてください。

 

4.今回の最高裁判決

(1)まず、「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由」を憲法13条によって保障される人権として扱っています。

そして、「本件規定は、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、同手術を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するものということができ、このような制約は、性同一性障害を有する者一般に対して生殖腺除去手術を受けることを直接的に強制するものではないことを考慮しても、身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されないというべきである。」

以上のように述べ、判断基準として「本件規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、本件規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断されるべきものと解するのが相当である。」と述べました。

 

(2)判断のポイント

①特例法の立法趣旨と合理性について

本件規定の立法趣旨を「性別変更審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないこと、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける必要があること等の配慮に基づくもの」としています。

原審では、これを正当な目的と判断しています。

 

しかし、最高裁では、「性同一性障害を有する者は社会全体からみれば少数である上、性別変更審判を求める者の中には、自己の生物学的な性別による身体的特徴に対する不快感等を解消するために治療として生殖腺除去手術を受ける者も相当数存在することに加え、生来の生殖機能により子をもうけること自体に抵抗感を有する者も少なくないと思われることからすると、本件規定がなかったとしても、生殖腺除去手術を受けずに性別変更審判を受けた者が子をもうけることにより親子関係等に関わる問題が生ずることは、極めてまれなことである」と判断しました。

 

また、「親子関係等に関わる問題のうち、法律上の親子関係の成否や戸籍への記載方法等の問題は、法令の解釈、立法措置等により解決を図ることが可能なものである。」と問題の解消を民法等他の法令変更により図るべきことを指摘しており、原審と大きく異なります。

 

さらに、性別変更前の性別の生殖機能により子をもうけると、「女である父」「男とである母」が存在する事態が生じうるが、平成20年改正により成年の子がいる性同一性障害者が性別変更審判を受けた場合にはこの事態を肯認されることになったが、現在までに、このことにより親子関係等に関わる混乱が社会に生じたことはうかがわれない、ことを指摘しています。

 

そのうえで「特例法の施行から約19年が経過し、これまでに1万人を超える者が性別変更審判を受けるに至っている中で、性同一性障害を有する者に関する理解が広まりつつあり、その社会生活上の問題を解消するための環境整備に向けた取組等も社会の様々な領域において行われていることからすると、上記の事態が生じ得ることが社会全体にとって予期せぬ急激な変化に当たるとまではいい難い。」としたうえで、「特例法の制定当時に考慮されていた本件規定による制約の必要性は、その前提となる諸事情の変化により低減しているというべきである。」と判断しました。

 

②医学的知見からの検討

特例法が立法当時においては、医学的にも合理的関連性があったものと理解したうえで、その後、医学的知見の進展により、「治療の在り方の多様性に関する認識が一般化して段階的治療という考え方が採られなくなり、…必要な治療を受けたか否かは性別適合手術を受けたか否かによって決まるものではなくなり、上記要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っているといわざるを得ない。」と判断しました。

 

「そして、本件規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、…身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。」

「生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していることをも考慮すると、前記の本件規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、制約として過剰になっているというべきである。」

 

③結論

「本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない。よって、本件規定は憲法13条に違反するものというべきである。

 

そのうえで、原審が特例法3条1項5号の審理を尽くしていないので、原審に差し戻す、という結論でした。

 

5.公衆浴場の問題

 

今回の最高裁の判断について、3人の反対意見はありますが、前記のとおり、憲法13条に違反する点について、裁判官全員の意見が一致しています。

反対意見の中で、5号規定に触れているものがあります。

 

 

(1)1つ目の意見(5号規定を違憲無効と考える)

5号規定は、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。」と規定するところ、これに該当するためには、原則として、外性器の除去術及び形成術又は上記外観を備えるに至るホルモン療法(以下、これらの治療を「外性器除去術等」という。)を受ける必要があります。

このような外性器除去術等は、生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果等をもたらす身体への強度の侵襲です。

この観点から、4号規定と同様の判断基準で検討し、5号規定も憲法13条に違反すると結論づけています。

皆さんの関心は、5号規定の合理性がどのように検討されたかにあると思いますので、その点を確認してみましょう。

 

ア 5号規定の目的

「5号規定の目的についてみると、5号規定は、他の性別に係る外性器に近似するものがあるなどの外観がなければ、例えば公衆浴場で問題を生ずるなど、社会生活上混乱を生ずる可能性があることなどが考慮されたものと解される。」

イ 公衆浴場等の状況

① 公衆浴場等については、一般に、法律に基づく事業者の措置により、男女別に浴室の区分が行われている。

 

② このような浴室の区分は、各事業者の措置によって具体的に規律されるものであり、それ自体は、法令の規定の適用による性別の取扱い(特例法4条1項参照)ではない。

実際の利用においては、通常、各利用者について証明文書等により法的性別が確認されることはなく、利用者が互いに他の利用者の外性器に係る部分を含む身体的な外観を認識できることを前提にして、性別に係る身体的な外観の特徴に基づいて男女の区分がされているということができる。

ウ 5号規定がなかった場合

① 性同一性障害者は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づき、身体的及び社会的に他の性別に適合しようとする意思を有すると認められる者であり(特例法2条)、そのような者が、他の性別の人間として受け入れられたいと望みながら、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的ではない。

 

② その一方で、5号規定がない場合には、性別変更審判により、身体的な外観に基づく規範と法的性別との間にずれが生じ得ることについて、利用者が不安を感じる可能性があることは否定できない。

 

しかし、その場合でも、上記規範の性質等に照らし、性別変更審判を受けた者を含め、上記規範が社会的になお維持されると考えられることからすると、これを前提とする事業者の措置がより明確になるよう、必要に応じ、例えば、浴室の区分や利用に関し、厚生労働大臣の技術的な助言を踏まえた条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができる。

また、特例法は、性別変更審判を受けた者に関し、法令の規定の適用については、その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定するが、法律に別段の定めがある場合を除外して、その例外を予定しており(4条1項)、公衆浴場等の利用という限られた場面の問題として、法律に別段の定めを設けることも考えられる。

 

③ 5号規定がなかったとしても、単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない。

その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである。

 

エ トイレ等の場合

トイレや更衣室の利用についても、男性の外性器の外観を備えた者が、心の性別が女性であると主張して、女性用のトイレ等に入ってくるという指摘がある。

 

しかし、トイレ等においては、通常、他人の外性器に係る部分の外観を認識する機会が少なく、その外観に基づく区分がされているものではない。

 

利用者が安心して安全にトイレ等を利用できることは、全ての利用者にとって重要な問題であるが、各施設の性格(学校内、企業内、会員用、公衆用等)や利用の状況等は様々であり、個別の実情に応じ適切な対応が必要である。また、性同一性障害を有する者にとって生活上欠くことのできないトイレの利用は、性別変更審判の有無に関わらず、切実かつ困難な問題であり、多様な人々が共生する社会生活の在り方として、個別の実情*[2]に応じ適切な対応が求められる。

 

このように、トイレ等の利用の関係で、5号規定による制約を必要とする合理的な理由がないことは明らかである。

____________

*[2]  最高裁は、令和5年7月11日判決で、個別の実情を考慮して、性同一性障害者が自認する女性用トイレの使用を職場に求めた事案で執務室から2階離れた階の女性トイレの使用を認めていた措置について違法と判断しています。これは個別事案に基づく判断ですが、職場環境を実質的に検討し当該性同一性障害者が職場内のトイレを自由に使用させることができたと判断したものです。

 

(2)2つ目の意見(5号規定を違憲無効と考える)

こちらの意見も結論は1つ目の意見と同じです。

以下のような検討のうえ、5号規定の制約手段は5号規定の制約目的に照らして相当なものであるとはいえず、5号規定は本件規定と同様に違憲である、と述べています。

 

ア 5号規定の目的

この見解は「5号規定の制約目的は「自己の意思に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心あるいは嫌悪感を抱かされることのない利益」(以下、この利益「意思に反して異性の性器を見せられない利益」という。)を保護することにある」と考えたうえで、性器を公然と露出する行為が刑法174条の罪(公然わいせつ罪)に当たることは確立されていることなどを背景に5号規定の制約目的には正当性が認められる、とします。

 

イ 手段の相当性

① 我が国の全人口に占める性同一性障害者の割合は非常に低く、その中でも5号要件非該当者に当たる者はさらに少ない上に、「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が尊重されてきた我が国社会の伝統的秩序を知りながらあえて許容区域に入場し、そこで自らの性器を他の利用者に見えるように行動しようとする者はもっと少なく、存在するとしても、ごく少数にすぎないであろう。

 

② 第二に留意すべきことは、全ての許容区域は、これを公衆の用に供することを業として行う者の管理下にあるという点である。

 

許容区域の管理者は、①厚生労働大臣が各地方公共団体にする技術的助言及びこれを踏まえた許容区域の性別区分を定める諸条例においていうところの「男女」の解釈(なお、現行の上記技術的助言(令和5年6月23日付薬生衛発0623第1号)は「男女」の区分は専ら身体的な特徴によってなされるべきであるとしている)。

 

あらゆる許容区域の管理者は、利用者が有している「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれることのないよう細心の注意を払うとともに、定められた利用規則の内容を当該許容区域の利用者に周知徹底させるよう努めることが期待できる。

 

6.まとめ

(1)前記のとおり、同じ特例法4号について判断した平成31年最高裁は合憲判断をしていたのに対し、今回の令和5年最高裁は違憲判断をしました。

 

今回の最高裁があげた背景事実を参照して振り返ってみると、2つの最高裁判断の時点での差は、①性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律の制定(令和5年6月)と②変更手続の利用者が7000人超えから1万人超えに増えたことくらいしかなさそうなのに、この2つだけが要因となって判断が逆転したようには思えません。

 

この点、平成31年最高裁判決の補足意見では、「本件規定は、現時点では、憲法13条に違反するとまではいえないものの、その疑いが生じていることは否定できない。」と指摘したうえ、判決文でも「現時点では」という留保付の合憲判断だったことをみると、再度、立法府に課題を出したがこれが変化がなかったがゆえの判断だったのではないでしょうか。

 

結論としては非常に納得できるものでしたし、公衆浴場に関する議論も差戻し審に先行して、反対意見の中で論じられたのは一般の方の不安解消に資したように思います。

 

(2)ただ公衆浴場に関する議論において、指摘された同領域においては、「『男女』の区分は専ら身体的な特徴によってなされるべき」という指摘されていることにより、将来、外形的手術を経ずに性別変更できるようになった方は、戸籍上の性別変更をした後も、公衆浴場等では旧性を意識しなければならないことになります。

 

そもそも実生活において、自認する性との不合を問題として性別変更を希望したのに、実社会において旧性を意識しなければならない領域が公衆浴場やトイレなどという日常に存在することは性別変更の目的を遂げたことにならないのではなかろうか、という疑問も個人的にはあるところ、性別変更に関する議論の完全終結はまだまだ先のように感じています。

 

この記事を執筆した弁護士
弁護士 中川 正一

中川 正一
(なかがわ まさかず)

一新総合法律事務所
理事/新発田事務所長/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:電気通信大学大学院情報工学専攻(中退)

新潟県弁護士会副会長(平成26年度)、現在は新発田市情報公開・個人情報保護審査会委員、新発田市行政不服審査委員などを歴任しています。取扱分野は、離婚、相続、交通事故など。その他、借金問題や、建築・不動産、労働問題など幅広い分野に精通しています。
特に相続・成年後見・家族信託等をテーマとしたセミナー講師を務めた実績が多数あります。


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国会議員の懲罰(弁護士:中川 正一)

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この記事を執筆した弁護士
弁護士 中川 正一

中川 正一
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出身地:新潟県新潟市
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新潟県弁護士会副会長(平成26年度)、現在は新発田市情報公開・個人情報保護審査会委員、新発田市行政不服審査委員などを歴任しています。取扱分野は、離婚、相続、交通事故など。その他、借金問題や、建築・不動産、労働問題など幅広い分野に精通しています。
特に相続・成年後見・家族信託等をテーマとしたセミナー講師を務めた実績が多数あります。

1 はじめに

近時、国会議員が国会を欠席することを理由とする懲罰の可否(参議院)や18歳に飲酒させたことを理由とする辞職勧告決議案(衆議院)などが話題になっていますので、法的側面から触れてみようと思います。

2 国会議員の地位

 

議員の懲罰や辞職勧告は、当たり前ですが国会議員たる地位がある者に対してなされるものです。

 

この点、国会議員は、全国民の代表者として極めて重要な権能を行使するので、いわゆる特権が認められています。

その1つが不逮捕特権(憲法50条)です。

 

近時ニュースでも話題になることがありましたが、「両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない」と定めています。

 

3 議院の権能

各議院は、内閣や裁判所など他の国家機関や他の議院から監督や干渉を受けることなく、その内部組織および運営等に関し自主的に決定できる権能が複数あります。

例えば、議員の資格の有無について判断を専ら議院の自律的な審査に委ねる資格争訟の裁判権、議院規則制定権や議院内の役員選任権などの他に、議員懲罰権があります。

 

4 懲罰

懲罰は各議院が組織体としての秩序を維持し、その権能の運営を円滑ならしめるために認められるものです。

(1) 懲罰権の規定

憲法上、「院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする」(憲法58条2項後段、但書)と定められています。

ここで「院内」とは、議事堂という建物の内部に限られず、議場外の行為でも、会議の運営に関連し、または議員として行った行為で、議員の品位を傷つけ、院内の秩序をみだすことに相当因果関係のあるものは懲罰の対象となります。

 

これを受けた国会法では、「懲罰事犯」があるときは、「先ず懲罰委員会に付し審査させ」(国会法121条1項)ることが定められています。

また国会法124条は①「議員が正当な理由なくして召集日から7日以内に召集に応じない」、②「正当な理由なくて会議又は委員会に欠席した」、③「請暇の期間が過ぎた」ため、「議長が特に招状を発し、その招状を受け取った日から7日以内に、なお、故なく出席しない者は、議長が、これを懲罰委員会に付する」と規定されています。

 

なお、参議院規則では、「懲罰」には「公開議場における戒告又は陳謝」「30日を超えない登院停止」「除名」(国会法122条、参議院規則241条乃至246条)があることは規定されています。

(2) ガーシー議員の欠席理由は正当なものか?

報道によれば、ガーシー議員の国会欠席の理由は、「暗殺や不当逮捕のおそれがある」ということのようです。

 

しかし、不当逮捕のおそれは前記した議員の不逮捕特権により防止できますので、およそ欠席の理由にはならないでしょう。

議院が逮捕を許諾(国会法33条)することもありますが、このときはそもそも「不当」な逮捕ではないのです。

 

そうすると、暗殺の危険性を具体的に示すことができないのであれば、「正当な理由」(国会法124条)は見当たらないものと思われます。

 

この場合、前記の手続で議長が懲罰委員会に付した場合、具体的な懲罰が審査されることになりますが、国会を欠席し続ける議員に「公開議場における戒告又は陳謝」や「登院停止」はあまり意味がありませんので、関心事項としては「除名」ができるか否かに尽きるでしょう。

 

ただし、除名をするためには「議院を騒がし又は議院の体面を汚し、その情状が特に重い者」(参議院規則245条)であること、及び「出席議員の3分の2以上の多数による議決」(憲法58条2項但書)を要件としています。

 

過去にも長期間国会を欠席した議員はいたはずですので、そのような事案に比しても除名がやむを得ない程度に情状の重さが求められます。

具体的には、欠席理由や欠席期間、議員の行為などから議院の体面がどれだけ汚されたか等を踏まえて、慎重な審査がされることになるでしょう。

 

5 衆議院で話題になっている辞職勧告決議との違い

(1) 議員の個人的な問題行為について

前記のとおり、議院の懲罰権は、各議院の秩序を維持し、その機能の運営を円滑ならしめることを目的に認められる議院の権能です。

 

そのため、議場外の行為で会議の運営と関係のない個人的行為は懲罰の理由にはなりません。

 

つまり、衆議院で話題になっている18歳に飲酒させた疑いなどは、会議の運営とまったく関係がないので、懲罰の対象にはなりえないのです。

 

辞職勧告決議とは、単に不祥事などで公職の身分にふさわしくないとされる議員に対して行われる議会の意思表示にすぎません。

また、「勧告」である以上、あくまでも議員に自発的な辞職を促すものにすぎません。

 

つまり、辞職勧告決議は、懲罰に基づく「除名」と異なり、法的拘束力はありません。

決議されても辞職するか否かは議員本人の意思に委ねられます。

このことは近時の丸山穂高氏の事例で有名になりましたね。

(2) 国会議員は“全国民の代表”

 

吉川赳議員の件は、辞職勧告決議案が廃案になったようです。

 

国会議員の地位は、全国民の代表といわれます。

ここで「全国民の代表」の意味について種々の見解がありますが、議会を構成する議員は、選挙区ないし後援団体など特定の選挙母体の代表ではないという意味と原則的に考えられています。

ですから、特定の選挙母体の意向だけでは辞職が相当とはいえません。

 

また、現代の多元化した価値観を踏まえても、議員としてふさわしいかどうかという判断は容易ではないでしょう。

 

吉川赳議員が国会議員としてふさわしいか否かは、最終的には、次回選挙の際に、再選されるか否かで確定することになります。

 

6 最後に

ガーシー議員は居眠り議員を問題視する発言を繰り返していたことから、海外から居眠り議員をNHKの中継を介してチェックするというオチを期待していたのですが、どうやらそういうことではなかったようです。

なお、居眠りはたしかにいけないことですが、会議に出席しているので、長期欠席とは質的に異なるものでしょう。

 


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アスベストによる健康被害を受けられた方へ「救済制度」のご紹介(弁護士:中川正一)

 │ 新潟事務所, 労働, 弁護士中川正一, 燕三条事務所, 長岡事務所, 新発田事務所, 上越事務所, 労災事故, 企業・団体, コラム

この記事を執筆した弁護士
弁護士 中川 正一

中川 正一
(なかがわ まさかず)

一新総合法律事務所
理事/新発田事務所長/弁護士

出身地:新潟県新潟市
出身大学:電気通信大学大学院情報工学専攻(中退)

新潟県弁護士会副会長(平成26年度)、現在は新発田市情報公開・個人情報保護審査会委員、新発田市行政不服審査委員などを歴任しています。取扱分野は、離婚、相続、交通事故など。その他、借金問題や、建築・不動産、労働問題など幅広い分野に精通しています。
特に相続・成年後見・家族信託等をテーマとしたセミナー講師を務めた実績が多数あります。

1.アスベストとは

アスベスト(石綿)とは、天然にできた鉱物繊維のことで、「せきめん」「いしわた」とも呼ばれています。

 

石綿は生活のいたるところで使用されてきましたが、その約8割は建材製品です。

石綿を使った建材製品は1955年ごろから使われ始め、ビルの高層化や鉄骨構造化に伴い、鉄骨造建築物などの軽量耐火被覆材として、1960年代の高度成長期に多く使用されました。

また石綿は安価で、耐火性、断熱性、防音性、絶縁性など多様な機能を有していることから、耐火、断熱、防音等の目的で使用されてきました。

このように有用な石綿ですが、その正体は肉眼では見ることができない極めて細い繊維からなっています。

そのため、飛散すると空気中に浮遊しやすく、吸入されてヒトの肺胞に沈着しやすい特徴があります。

吸い込んだ石綿の一部は異物として痰の中に混ざり体外へ排出されます。

しかし、石綿繊維は丈夫で変化しにくい性質のため、肺の組織内に長く滞留することになります。

この体内に滞留した石綿が要因となって、肺の線維化やがんの一種である肺がん、悪性中皮腫などの病気を引き起こすことがあります。

 

2.石綿による健康被害の救済制度

石綿(アスベスト)による健康被害の迅速な救済を図るため、石綿による健康被害を受けた方及びそのご遺族に対し医療費等の救済給付を支給する「石綿による健康被害の救済に関する法律」が平成18年3月27日に施行されました。

 

その後の改正法令により、石綿を吸入することによる労働者災害補償法等で補償されない中皮腫や肺がん、著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺、著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚の健康被害を受けられて療養中の方、これらの疾病に起因して死亡した方のご遺族に対し、医療費等の救済給付が支給されることになっています。

ただし、認定申請を行うことにより、機構からアスベスト(石綿)を吸入することによりかかった旨の認定を受ける必要があります。

 

給付される種類には「葬祭料」「未支給の医療費等」「救済給付調整金」「医療費」「療養手当」などがありますが、請求期限が長くありません。

例えば「葬祭料」でいえば「被認定者が亡くなられた日の翌日から2年以内」など請求期限が比較的短いので早めに請求する必要があります。

 

なお、固定期限で最も早く期限が到来するものは、「特別遺族弔慰金・特別葬祭料」(平成18年3月26日以前に死亡された場合)の請求期限が令和4年3月27日とされていますので、ご注意下さい。

 

これら請求(お問い合わせ)先は、独立行政法人環境再生保全機構(https://www.erca.go.jp/)、及び各地の環境省地方環境事務所(https://www.env.go.jp/region/)になります。

 

3.令和3年5月17日最高裁判決

近時、最高裁は、屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において、昭和50年10月1日には「労働大臣が安衛法に基づく(規制)権限を行使しなかったこと」を国家賠償法上の違法と判断しました。

 

4.アスベスト給金制度

これを契機に「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」が令和3年6月9日に成立し、同月16日に公布されました。

ただし、施行日は、「一部の規定を除き、法の公布の日から1年以内で、政令の定める日」と定められ、本日現在、施行日は定まっておりません。

 

(1)対象者

当該法律において、給付金を請求できる対象者は、①「昭和49年10月1日~昭和50年9月30日の間に 石綿の吹付け作業に係る建設業務」、「昭和50年10月1日~平成16年9月30日の間に 一定の屋内作業場で行われた作業に係る建設業務」に従事することにより、②石綿関連疾病にかかった、③労働者や一人親方・中小企業主(家族従事者等を含む)です。

 

ご本人がお亡くなりになられている場合は、ご遺族(配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹)からの請求が可能です。

 

(2)給付金等の主な内容

給付金の支給を希望される方からの請求に基づき、認定審査会において審査を行い、その結果に基づいて、病態区分に応じ、給付金が支給されることになります。

例えば、「石綿肺管理2でじん肺法所定の合併症のない者 金550万円」で、「これにより死亡した者 金1200万円」など審査結果に基づいた病態区分に応じ、支給額が決定されます。

 

5.最後に

前記のとおり、アスベスト給金制度は現時点では施行されていませんが、令和4年6月までには動きがあることが予定されています。

施行日が決まりましたら、再度、ご案内致します。

 

 

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忘れられる権利

 │ 新潟事務所, 弁護士中川正一, 燕三条事務所, 長岡事務所, 新発田事務所, 上越事務所, 東京事務所

「表現の自由」という言葉を聞いたことはありますね。

 

 

人は、自己の意見を述べたり、また、他人から意見を言われたりすることで、いろいろな考え方を形成し、人として成長することができます。

「表現の自由」は、政府に対して言いたいことが言える民主主義社会を形成するうえで重要な人権です。

「表現の自由」をマスコミの立場から見ると、「報道の自由」として構成されます。

また、情報の受け手の側から構成すると「知る権利」と構成されます。

いずれも「表現の自由」の内容として、重要な人権として扱われています。

 

例えば、人が犯罪を犯した場合に実名で報道されますね。

関心の低い犯罪事実であれば、逮捕された人の実名など記憶に残らないのが普通ですが、これも実は重要な報道です。

なぜなら、逮捕された人の実名を出して公権力が行使された事実を正確に伝えることによって、事後的に公権力の発動が適法になされたのか否かを国民が判断することができるからです。

何気ない犯罪事実の報道も公権力を監視するうえで重要な情報なのです。

 

他方で、逮捕されて報道されてしまった人からみれば、いつまでも自己の犯罪歴を報道され続けてしまうので、再就職にも影響してしまう不利益を受ける可能性もあります。

そのため、従前は「更生を妨げられない権利」として議論されていました。

実際に事件の性質や当事者の社会的活動や影響力などを総合考慮して実名報道の必要がなくなったような時期にされる過去の犯罪事実の公表は違法とされる場合があることがあります。

 

インターネットが発達した近年では、新たな公表がなくても過去の報道がインターネットで簡単に検索できてしまうため、インターネット上から検索されないようにする必要があるのではないかという意味で「忘れられる権利」として新たな議論がされるようになりました。

欧州では近年「忘れられる権利」が認められたようですが、我が国ではその定義・要件・効果は明確に定められていません。

事例紹介

過去に児童買春、児童ポルノに係る行為等について罰金刑を受けた者が、グーグル検索枠において、自己の住所と氏名を入力すると、検索結果の一例として、当該犯罪歴を記載した記事

と分かるウェブページの表題及びURLと内容の抜粋(スニペット)が表示されるため、このような記事の検索結果を削除するように求めた事例があります。

 

この地裁判断では、「一度は逮捕歴を報道され社会に知られてしまった犯罪者とはいえども、人格権として私生活を尊重されるべき権利を有し、更生を妨げられない利益を有するのであるから、犯罪の性質等にもよるが、ある程度の期間が経過した後は犯罪を社会から『忘れられる権利』を有する」と言及しました。

 

しかし、高裁では、「忘れられる権利」の成否の判断として、時間の経過のみならず、当事者

の身分や社会的地位、公表に係る事項の性質等を総合考慮して決すべきという主張と捉えて、名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求の存否とは別に、「忘れられる権利」を独立して判断する必要はないと判断しました。

また今年の最高裁判断でも「忘れられる権利」について言及されることはありませんでした。

最高裁の考え方

最高裁は、検索結果を削除して欲しい利益を「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公

表されない利益」として構成し、過去の犯罪事実をプライバシーに属することを認めたうえで、児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置づけられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であると言及し、国民の「知る権利」に配慮しました。

 

そのうえで、罰金刑に処せられた後は民間企業で稼働していることがうかがわれるなどの事情

を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかではないという理由

で、削除を認めませんでした。

最高裁は検索結果が検索事業者自身の表現行為という側面を肯定したうえ、検索結果の提供は、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている、と指摘して、削除請求を容認するためには「公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」と極めて限定した判断をしました。

国民の「知る権利」を重視したものといえるでしょう。

 

以上のとおり、高裁では「忘れられる権利」を独立して判断する必要はないと判断したのに対

し、最高裁は言及はないものの新たな公表があった事案ではなく、過去に公表された情報がインターネット上で検索される事案であることを考慮した上で、国民の「知る権利」との利益衝突の調整を図る一定の基準を示したものと考えられます。

今後は、国会でもこの最高裁判断を参考に「忘れられる権利」について議論されていくことになるでしょう。

 

◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 中川 正一

<初出:顧問先向け情報紙「コモンズ通心」2017年9月5日号(vol.212)>

※掲載時の法令に基づいており,現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

職務発明に関する法改正

 │ 新潟事務所, ビジネス, 弁護士中川正一, 燕三条事務所, 長岡事務所, 新発田事務所, 上越事務所, 企業・団体

 

職務発明に関する法改正

 

 

1 職務発明規定とは

 

特許法35条は,会社の従業員が職務上の発明をした場合のことを定めています。

職務発明といえば,

2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏の青色発光ダイオードの特許に関する

会社側との訴訟が話題になりましたね。

 

現行法では,職務発明について特許を受ける権利は,

発明をした従業員にあることが前提になっています。

もちろん,従業員から特許を受ける権利を会社が承継することは可能です。

 

ただし,会社が特許を受ける権利を承継する場合には,

発明をした従業員に「相当な対価」を支払わなければならないことが定められています。

現行法では「対価」とは,金銭を意味します。

中村修二氏も最終的には会社から数億円の対価を受領しました。

 

もちろん,「相当な対価」とは発明の内容などを総合評価して,

個別に決められることになりますが,どのような基準で定めるか,

事前に会社と従業員との間で協議しておくと,従業員との紛争を防止することが期待できます。

 

さらに,現行法においても,

「対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業員等との間で行われる協議の状況,

策定にされた当該基準の開示の状況,

対価の額の算定について行われる従業員等からの意見の聴取の状況を考慮して,

その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであってはならない。」

と定めており,従業員を保護しています。

 

 

2 改正

 

今度の法改正により,変わるのは大きく2点です。

 

1点目は会社側があらかじめ職務発明規程等に基づいて,

従業員の職務発明の特許を受ける権利を最初から会社に帰属させることができるようになります。

 

ただし,当然ながら,職務発明をした従業員への報酬が必要になります。

これが「相当な対価」から「相当の利益」に変更されました。

つまり,金銭以外のものでも,経済的価値を伴うものであればよい,ということになりました。

これが2点目です。

 

では,具体的に経済的価値を伴うとはどのようなものでしょうか。

特許庁が示す例は,以下のとおりです。

 

使用者等負担による留学の機会の付与,

つまり,留学費用を会社が支出してあげる点で経済的価値が伴います。

 

ベンチャー企業などにおいては,

ストックオプション(値上がりが期待される新株の取得権)の付与,

 

金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格,

つまり,名ばかり管理職にした程度では駄目で,

「相当の利益」に見合うベースアップがあることが前提になります。

 

法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与,

 

職務発明に係る特許権についてのライセンスの許諾などです。

 

このような具体例のとおり,

従前金銭でしか評価できなかった発明による報酬が柔軟に検討できるようになりました。

 

また,退職者に対する「相当の利益」についても,

内容について制約がないことから,退職者に相当の利益を退職後も与え続けることの他,

特許登録時や退職時に相当の利益を一括して与える方法も可能です。

 

 

3 ガイドライン(指針)案

 

「相当の利益」をどのような基準で定めるか,

という点が実質的に検討されていないと紛争に繋がってしまうおそれが残ってしまいます。

改正法においても,現行法と同様に「不合理と認められるものであってはならない」と定めています。

 

そこで,特許庁では,基準の定め方について,ガイドライン案を開示しています。

このガイドライン案によると,

まずは,従業員と基準案について協議すること,

②基準案を従業員へ開示すること,その基準に基づいて相当の利益が決定した場合に,

③従業員の意見聴取(異議申立手続を含む)の機会を与えることが求められています。

 

①の協議については,合意までは求められていませんが,

実質的に協議を尽したといえることが望ましいとされています。

 

②の開示の方法は,特に制約はありませんが,

従業員の見やすい場所に掲示するという単純な方法や電子メールなどにより配信する方法などがあります。

より具体的には,会議室や社員食堂に基準を置いておくなどの方法でもよいようです。

 

また,中小企業の場合は,

③の異議申立手続が整備されていなくとも,従業員の意見を聴取したうえで,

意見の相違があった場合には,個別対応によることも許容しているようです。

 

また,従前あった基準を改定する場合にも,会社側と従業員が協議することが求められています。

職務発明に係る権利が会社側に帰属した時点で,従業員の「相当の利益」の請求権が発生するので,

会社側に帰属した後で改定された基準は,原則として適用されません。

 

ただし,従業員と個別に合意できた場合や,

改定後の基準が従業員に不利益にならない場合は,

例外的に改定後の基準を用いることも許容されるようです。

 

さらに,基準改定後に入社する社員については,

形式的には協議が行われていないと評価されるようです。

そのため,入社時に当該基準に関する話をするなどの丁寧な対応をしておくことが望ましいでしょう。

 

 

4 施行日

 

職務発明に関する改正法の施行日は平成28年4月1日と定まっています。

施行後には,経済産業大臣が正式なガイドラインを告示しますので,

これを参考に従業員との紛争にならないような基準を検討してみて下さい。

 

◆弁護士法人一新総合法律事務所 弁護士 中川 正一◆

<初出:顧問先向け情報紙「こもんず通心」2016年2月1号(vol.188)>

※掲載時の法令に基づいており,現在の法律やその後の裁判例などで解釈が異なる可能性があります。

 

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